14話『デーモンクエスト』part.6

 亜空間倉庫――


 五代目魔王イジュラが遺した法術の残滓と障気の渦。

 そこに冥界の毒素が入り混じったことで、その大気は、あらゆるものの生気を奪う凶悪な性質を持っている。低級の悪魔なら、足を踏み入れるだけで命の危機であろう危険極まりない空間だ。

 

その空間を、まるで意に介せず進んでいくのが波の将魔ミアである。


「ほう、まるで巨大生物の体内だな」


 魅亞が周りを見わたす。

 倉庫という名称ながらも、この部屋には床壁天井の区別がない。斑模様の空間がしきりに蠢いているため方向も距離感も掴みにくい。


「冥界の西の大砂漠で昼寝をしている時に魔獣に食われたことがあった。その胃袋そっくりだな」

「あら懐かしい。魔獣の胃液でべとべとになって戻ってきた時ですね」


 その後ろを歩く氷の将魔ルル。

「あら?」

 そんなルルが、エリーゼに向かって斜め前方を指さした。

 蠢く壁、そのひだひだとに挟まれた陰だ。


「エリーゼ様、ほらあそこです」

「……封印櫃だね」


 魔石と呼ばれる石をくりぬいて造られた箱だ。

 人間風に言えば宝箱。箱の外側を炎で炙っても氷で閉ざしても内部には影響がないことから、悪魔が秘宝を保存する時に愛用する。


「五代目魔王イジュラ様は大変な蒐集家コレクターだったようです。芸術、雑貨、宝石、法具など冥界の分を集めるだけでは飽きたらず、地上の人間、さらには妖精や獣人の宝までも欲していたと」


 封印櫃の前でルルが立ち止まる。

「研究されていた空間法術も、元はといえば蒐集しゅうしゅう癖が高じてのことだと」


「自分の部屋に入りきらないくらい宝物を集めちゃったから、それを入れるために空間を拡張する法術を研究してたってわけね。……それがこんな出来損ないの亜空間なんだから、まったくご先祖様も世話ないねぇ」

 壁に手をつくエリーゼ。


 法力をこめた指先が触れた途端、蠢いていた壁がビクッとふるえて動きを止める。空間法術の乱れをエリーゼが正したためだ。


「結局こんな部屋にしちゃったせいで、せっかく集めたお宝も披露できないのは勿体ないよね」

「その宝が、今ここでわかるというわけです。ささエリーゼ様、私の後ろに」


 エリーゼを後ろに退かせる氷の将魔ルル。

 その一方で、魅亞に向かって封印櫃を指さして。


「魅亞、あなたにこの宝箱を開ける名誉を授けましょう」

「なに? 良いのか?」


「一緒についてきてくれた御礼です。見たところ鍵もかかっていないようですし」


 ルル以外でエリーゼに同行している唯一の五大災。

 もちろん声をかけなかったわけではなく、他は参集に応じなかったのだ。


造の将魔ゴールンメントは一度部屋に籠もったらしばらく出てきませんし、呪の将魔バオも熟睡してしまいました。しかし魅亞、あなたはそんな役立たずの二体とは違います。エリーゼ様の為に、さあ封印櫃を開けなさい」


「承知した!」


 一抱えはある石蓋を軽々と持ち上げる魅亞。

 興奮の面持ちで、封印櫃の内部を覗きこんで――


「さあ宝とやらは何――――――」


 轟ッ!

 爆発した。封印櫃に封印されていた罠が発動。凄まじい爆炎と衝撃波とを撒き散らして、魅亞とその周囲の空間を燃やしつくした。


「……ふう。危ないところでした」


 汗をぬぐうのは氷の将魔ルルである。

 エリーゼと共に後方に避難したことから一難を逃れ、今も巻き上がる黒煙を前にほっと胸をなでおろす。


蒐集家コレクターというものは傾向として独占欲が強いものです。宝を奪われぬよう策を講じているとは思いましたが、やはり罠でしたか」


「ルル、いい勘してるじゃない」

「エリーゼ様にお怪我がなくて幸いでした。さあ先を進みましょう。エリーゼ様のお身体を戻す宝もきっとあるはず。魅亞の犠牲を無駄にしないためにも」


「誰が犠牲だぁぁぁぁっっっっっっ――――――っ!」


 濛々と立ちこめる炎が消し飛んだ。

 身につけていた鎧が木っ端微塵に砕けた裸身の悪魔が、黒こげになりながらも煙の中から歩いてくる。


「ルル貴様ぁ、一度ならず二度までも……!」

「魅亞」


 食ってかかる波の将魔の手を、さっと両手で包みこんだのはルルだった。


「流石です。あなたは見事、私の信頼に応えてくれました」

「なにっ?」


「五代目魔王様の仕掛けた法術にも耐えるなんて。あなたこそ悪魔の中の悪魔であると見こんだ私の目は確かでした。あなたこそ五大災最強の悪魔です」


「……さ、最強? このオレが最強だと?」

「はい。あなたこそ五大災の代表です。見なさい、あなたの身体を」


 炎で焦げついた褐色の裸身。

 しかしこうしている間にも身体は出血が止まり、傷がみるみると塞がっていく。

 それもさらに強靱に。おそらく、もうこの程度の罠では魅亞の肉体を傷つけることはできないだろう。


「ほら。もう完治してるじゃありませんか」

「そ、そんなジロジロ見るな……恥ずかしい」


 驚くほど華奢な裸身を手と尻尾で隠す大悪魔。

 竜と悪魔の混血である魅亞には、雄雌の区別がない。人間で言うならば思春期前の少年少女のように、性別差による肉体の変化が現れる前の姿である。


「魅亞。エリーゼ様を守れるのはあなただけなのです」

「……オレ一人?」

「胸を張りなさい」

「う、うむ。こうか?」


「先陣という大役、引き続き任せて良いですね」

「任されよう! さあエリーゼ様こちらに!」


 ルルの激励で羞恥心さえも払拭されたのか、裸のまま意気揚々と魅亜が歩きだす。


「攻撃を受けるたびに頭の中まで強くなれば良かったのですが」  

「……魅亞、つくづく惜しい子だよねぇ」


 残念そうに首を振るルルに、エリーゼは乾いた苦笑で頷いた。

 これで知性まで強化されるのであれば本当に五大災最強の座も狙えたかもしれない分、あの頭の悪さがもどかしい。結果、普段からこうして氷の将魔ルルにあしらわれ、炎の将魔アシェンディアにからかわれる日々を送っている。


 もちろん本人がそれに気づくことは永久にないのだが。




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