13話『デーモンクエスト』part.5
その日の夜ふけ――
「エリーゼ様、お休みのところ大変申し訳ありません」
「……むにゃ? ルル?」
扉を叩くノックの音に、エリーゼは寝ぼけ眼でベッドから起き上がった。
転生したての身体はいわば生まれたて。
人間でいえば十歳ほどの背丈はあるが、実際にはまだ赤ん坊同然で疲労も大きい。しっかりと睡眠が必要なのだ。
この夜に尋ねてくるとは何事だろう?
「はーい。どうしたんだいルル」
「見つかりました。書庫に手がかりがあったのです!」
扉を開けたそこには青髪の少女ルル。
「見つかったって?」
「はい。魔王宮の五代目魔王が使用していた私室です。今は倉庫になっている場所ですが、そこにエリーゼ様のお身体を戻す秘宝が眠っていると!」
「ホント!?」
「肉体活性の魔水。これは成長を強制的に早める薬だそうです。昼間に私が申しあげたとおり、やはり転生の儀の後の身体は、肉体の成長を待つしかない。この薬はそれを劇的に早めてくれるのだと。記録にはそうありました」
成長を早める。
エリーゼが元の身体へと至る時間をぐっと圧縮できるというわけだ。
「行こうルル、今すぐ!」
「そう仰ると思ってお呼びした次第です。ではさっそく向かいましょう」
小さなリュックを背負ったルルが、小ぶりな仕草で手を上げた。
「宝探しです」
魔王宮リーゼルシャット・西塔四階倉庫――
エリーゼが扉を開けた先には、不気味に渦を巻きながら滞留する斑色の大気が広がっていた。
「……なにこれ、亜空間?」
「はい。当時の五代目魔王が改造した部屋です。空間法術が得意な魔王でしたので、自分の私室に籠もってあれこれと禁術を試していたようです」
エリーゼ同様に部屋の前に立つルル。
「私やエリーゼ様でも、この部屋から目的物を探しだすのは多少骨が折れるかと」
「……面白い部屋じゃないか」
そう感想を述べたのは金属鎧を着た悪魔――五大災「波の将魔」魅亞だ。
その口元に不敵な笑みを浮かべて。
「この夜ふけにオレを呼びだすから何かと思えば、エリーゼ様の同行ということか。オレの力が必要であるというわけだな。確かに強力な力を感じる。この部屋そのものが、五代目魔王の遺した罠付きの宝物庫であると」
「いい理解ですよ魅亞」
ルルが、胸元からハンカチを取りだして。
「見てのとおり凄まじい数の空間法術がここで展開された結果、空間のうねりが元に戻らなくなってしまっています。今は倉庫という名目になっていますが……」
ルルがハンカチを亜空間へと放り投げる。
渦を巻く空間にハンカチが触れた途端、その生地がバラバラに切り裂かれ、そして空間の中に吸いこまれるように消えていってしまった。
「こうなります。空間そのものが歪曲していますので」
「アタシたちが入っても平気なの?」
「試してみましょう。魅亞こちらへ」
「……うん?」
三最後尾にいた波の将魔を手招きするルル。その背中に優しく手で触れて。そして何の前ぶれもなく背中を突き倒した。
「さあ行きなさい」
「うおぉぉぉぉっっっ!?」
亜空間へと落ちていく魅亞。凄まじい法力の嵐に呑まれながら数メートル下に落下するも、そこに見えない床でもあるように激突。
「平気っぽいね」
「はい。法力の残滓が渦巻いていますが、私やエリーゼ様ならば耐えられないことは無いでしょう。ささ、どうぞエリーゼ様」
「……おい待てぇぇルルっ!」
よろよろと起き上がった魅亞から、怒鳴り声。
「貴様なにをする!」
「見ての通りです」
眼下の見えない床へ、優雅に着地する魔王宮の
「私はあなたの生命力を非常に高く買っています。竜と悪魔の
人間から伝説の悪魔として恐れられる波の将魔。
その伝説は「広大な地下世界である冥界に、絶対に倒せない悪魔がいる」というものだ。どんな深手を与えようと即座に回復し、傷を受ければ受けるほどに強化されていく脅威の肉体を持つ悪魔。
それがこの魅亞である。
「ですよねエリーゼ様」
「うんうん。アタシも魅亞には一目置いてるよ」
「む……」
エリーゼとルルから口々にほめられて、魅亞が顔をほんのりと赤らめた。
「魅亞、あなたの活躍に期待していいですか?」
「と、当然だ。この程度の空間術式ごときに臆するオレではない」
「ならば先陣を任せても良いですね」
「もちろんだとも!」
さっきまで怒りに目を血走らせていたのは何処へやら。
おだてられて機嫌を良くした魅亞が意気揚々と進んでいく。その背中を追いかけながら、エリーゼは隣のルルと顔を見合わせた。
「魅亞ってば、相変わらず純朴というかおバカというか……」
「しかし心強いのは確かです。このまま先に進んでもらいましょう」
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