7話 「悪魔の全力反撃」(『世界録』5巻SS)


「あら良いところに。レン、お手伝いをお願いしていいですか?」


 大海をわたる大型全装帆船シツプの船内で。

 レンは、客室から顔をのぞかせたフィアに呼び止められた。


「お手伝い?」

「エリーゼの看病です。ほら、エリーゼったら覇都での戦いで力を使いきってしまったので」


 覇都エルメキアにおける王立七十二階位特務騎士団エルメキア・ダスクとの激闘後。今は聖地カナンに引き返す船旅中だが、覇都での戦いで力を使いきったエリーゼは昨日から熟睡中だった。


「……本当だ、めちゃくちゃ寝てる」


 ベッドで寝入る褐色の幼女。可愛らしく寝息を立てるエリーゼの姿は、とても冥界の元魔王とは思えない


「確かに寝てるのですが……あー、エリーゼの相手は大変でしたわ」

「大変って?」

「……まあ色々あったのですわ」


 フィアが意味深な苦笑い。


「小休止しようかしら。私は甲板で大海原を眺めてきますので、しばらくエリーゼの具合を見てあげててください。看病に必要な物はここにありますから」


 飲料水や水枕の替え、それにタオル。風邪の看病に使いそうな物がまとめてテーブルの上に置いてある。


「お願いしますね」

「ああ、フィア先輩も少しのんびりしててくれ」


 フィアを見送って、レンは熟睡中のエリーゼに振り返った。


「じゃあ看病交代。……といっても、寝てるのを見守るだけか」


 心地よさそうに寝入る幼女をぼんやりと見守る作業。と思いきや、早々にエリーゼが寝返りを打った。


「……だ、だめだよ…………危ないよ……」

「っ! どうしたエリーゼ!?」


 エリーゼに駆けよる。


「危ないだって? どうしたんだエリーゼ!」

「…………レン…………そんな、いくら酔っぱらってるからって、焚き火の中で裸踊りは……火傷するよ……」

「寝言!? 俺、夢の中でどんなバカしてるのさ!」


「ふふっ」


「……夢の中でまで笑われてる。まあいいや、ちょうど寝返りも打って暑そうだし。

看病っぽいこともしてやるか」


 タオルで額の汗を拭いて、水差しから水を飲ませる。そして換気のために窓をあけて風通しが良いように。


「ふぅ、これで終わりかな? ん。コレは?」


 テーブル上に置いてある注射器。

 エリーゼの看病のためにフィアが用意したものだろうか。


「……ああ、なんだ空っぽか」


 既に使い終わった後の注射器だ。

 それをレンが拾い上げた振動で、テーブル上の注射器が揺れてカチャッと物音が伝わった。

 その直後。


「……注射!……やだ。注射……い、いや……」


 エリーゼが再び寝返り。


「また寝言か? こんな物音だけで注射器ってわかるんだから、よほど嫌いなんだな」


「――――敵の存在を確認」


 寝入るエリーゼの口から、まるで詠唱のように滑らかな言葉が紡がれた。


「危険兵器を所有とみなす。自動防衛法術を発動」

「……え?」


「撃退する。武器破壊、および敵の完全破壊を開始」


 ぶわっと噴き上がる法力の風。

 と同時に、明らかに危険そうな法術の輝きが次々とレンへと襲いかかった。


「ちょっと待てぇぇぇっっっっっ!?」


「敵の回避は迅速。反撃出力を強化する!」


「注射器に反応する自動防衛って何だよそれ!? ていうかフィア先輩が『相手は大変』って言ったのはコレか……!?」


 看病という役目をすぐさま放りだして。

 エリーゼの攻撃法術から、レンは全速力で逃げだしたのだった。 

   

 

                              《了》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る