4話 「どちらを選んでも死」 (『世界録』3巻SS)
「や! 久しぶりだねカルラ。三百年ぶり?」
天真爛漫な笑顔で、褐色の幼女が陽気に手をふっていた。
先代魔王エリーゼ。かつての冥界の主である悪魔で、今は転生の秘術によって十歳当時の姿に戻っている状態だ。
「ずいぶん会ってなかったけど元気してた?」
「久しぶりですね
そう答えたのは極光色の髪をした少女・カルラ。ここ『竜の渓谷』に棲まう竜種を束ねる竜帝だ。
「あなたが渓谷に姿を現したことで、同胞たちが怯えています」
「え? やだなぁ。何もしないってば」
大岩に腰かけて、エリーゼは無邪気な笑みでそう返した。
天使と悪魔と竜は、古の三すくみの抗争相手。かつて大抗争に発展した時代もあったが、今は不可侵協定が結ばれている。
「どうせ騒いでるのは頭の堅い長老竜でしょ。気にしないでほら、カルラもこっちおいでってば」
「……変わりましたね、先代魔王」
小さく苦笑して、カルラもエリーゼの隣に腰かける。
「昔のあなたはもっと攻撃的で、他者を常に足裏で踏みつけているような支配欲の塊の悪魔だと記憶していましたが」
「それただの噂だし。アタシは昔から、認める相手は種族に関係なく認める心の広い広ーい優しい魔王だよ?」
懐かしそうに目を細めるエリーゼ。
本人の言葉を裏づけるかのように、竜帝カルラに向けた口調は、一切の棘がない穏やかな口ぶりだ。
「そういう部分が『変わった』と言っているのですよ」
カルラがわずかに表情をやわらげた。
「しかし、やはり一番変わったのは外見ですか。転生したという噂は聞いていましたが、ずいぶんと幼くなったものです」
「えへへ、この姿も可愛いでしょ? やっぱアタシ、子供の頃から可愛らしさも愛らしさも満点だからね」
嬉しそうに声を弾ませるエリーゼ。
だが、それを聞いた途端、カルラの表情が強ばった。
「可愛らしい? 愛らしい? 何を言っているのですかエリーゼ」
カルラがキッパリと首を横にふる。
「可愛らしさも愛らしさも、それは世界でただ一人、我が親愛なるキリシェ姉様のためにある言葉! 竜姫たる姉様をさしおいて、自らを可愛いなどと称するのは一億年早いというものです!」
「うわっ!? 出たよ史上最悪の『お姉様教』教祖……」
「ちなみに美しさも愛らしさも、世界で二番目はこの私です」
「しかもちゃっかり自画自賛するし!?」
あまりに自信満々なカルラ。
その態度に、対するエリーゼは深々と溜息をつきながら。
「やれやれ……竜種の美的感覚には同情だね。アタシのこの幼さの魅力がわからないなんて。カルラなんて、三百年たっても貧相な体つきのままじゃない」
「これは人間世界で華奢と言うのです。ほのかな色気、しかし過度になり過ぎず。これぞ風情というものでしょう」
「ならアタシだって! このちっちゃな体が、一部の人間の大人にそりゃもう絶大な人気があるんだから!……それとも白黒つける? レン、一大事だよ! こっちこっち、早く来て来て!」
「……エリーゼ? 何かあったのか!」
エリーゼの叫び声に、息を切らせてレンが駆けてくる。
そんなレンに。
「さあレン、運命の決断だよ!」
「私とエリーゼのどちらが可愛いか、はっきりと答えてください」
「……あの……いま俺どういう状況!?」
『いいから気にしないで。さあ、どっち(どっちですか)!』
「…………」
片方を選べば、もう片方に八つ裂きにされる。
二人の放つ異様な殺気からレンはそう察して、そして。
「い、いや……どっちも……それぞれ良さがあると思うよ?」
「…………」
「…………」
静寂。
優に数分は経ったであろう沈黙の後に。
「……あー、お茶を濁したでしょ。レンてばずるい」
「まったくです。所詮は人間。もっと感性を磨いて出直してきてください」
口々に溜息をつくカルラとエリーゼ。
興を削がれて去っていく少女二人の背中をぽかんと眺め――
「どっちを選べっていうんだよ!?」
レン一人が、その場にむなしく取り残されたのだった。
《了》
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