3話 「通りがかっただけとキミは主張した」 (『世界録』3巻SS )


「レン、話があります。ついてきてください」


「カルラ!?……うわ。な、何だよ突然に……」


 前触れなく目の前に現れた少女に、レンは思わず跳びはねていた。

 竜の渓谷。

 地上の支配者とされる竜たちの棲まう聖域で――


「何か驚くことがありましたか?」 


 カルラと呼ばれた少女が首をかしげてみせる。

 印象的な紅玉ルビー色の双眸に、深い知性を感じさせる雰囲気の少女だ。


「こっちはビックリしたよ……なんでまたこんな真夜中に」


 飄々とした少女に、レンは溜息で応じた。

 ――竜帝カルラ。

 外見こそ可憐な少女だが、その正体は極光色に輝く霊王竜。ここ竜の渓谷で、すべての竜の頂点に立つ存在だ。


「この真夜中に、俺に話?」

「ちょっとした雑談ですよ。そうですね、まずは昼間の件――」

 

 月明かりに照らされる竜の渓谷。

 その岩場に、レンとカルラは二人並んで腰をおろした。 


「先の戦いは見事でした。私の完敗です」

「あ、ああ……その件か」


  旅団の仲間であるキリシェを守ろうとするレンと、義姉にあたるキリシェを奪い返そうとするカルラの激戦。

 その苛烈な戦闘の末に、敗北を認めたのはカルラの方だった。


「……あのさ、そういや俺、気になってたことがあって」

「なんでしょう」

逆鱗げきりん、砕けた部分って痛くないの?」


 竜の逆鱗。どんな竜にも存在する唯一の弱点だ。レンはこの破壊に成功することでカルラとの戦闘に勝利した。


「白状すると、今もとても痛いです」


 あっさり答える竜の少女。


「ほら、この背中のところ。赤くなっているでしょう?」

「……そんな大胆に服をめくられると、こっちが恥ずかしいって」


 上着を胸元近くまでめくりあげる少女。

 背中から腰部にかけて新雪のように白い素肌と、そして折れそうなほど華奢な腰のくびれが艶めかしい。


「恥ずかしい? 私の裸など戦闘であれほど見てたのに?」

「それはアンタが竜の姿に戻った時だろ。……まあそれはさておき。ちょうどいいや。ほら、上着めくったまま押さえてて」


 逆鱗の位置――ちょうど背骨のあたりだろう。赤く腫れた傷痕に、レンは用意していた軟膏剤を塗ってやった。


「傷薬。竜にも効くといいんだけど」


「人間の薬が効くわけないでしょう。……哀れみのつもりですか? あの戦いを仕掛けたのは私の方です。私だって、あなたに一切の容赦をしなかったのに」


「俺は気にしてないよ。アンタなりの事情があったのも、わかったつもりだし」

「……ふしぎな人間。やっぱりあなたは変わっている」


 服の裾をおろしてカルラが苦笑い。

 先ほどまでの刺々しさを、ほんの少しだけ和らげて。


「姉様があなたに懐く理由、わかった気がします。そして単刀直入に聞きますが、あなたはキリシェ姉様をどう思っているのですか」


「大事な仲間だよ」


迷わずそう答え、レンは夜空を見上げた。


「キリシェと一緒にいて楽しいよ。とにかく勝ち気で自信満々で、その割に妙なところで恥ずかしがり屋だし。……根はすごく純粋っていうか、幼い部分もあるのが良いところだろうなって」


「悪くない観察力です」


 妙に達観した表情でうなずくカルラ。


「……そしてキリシェ姉様。話を盗み聞きせずとも、気になるなら堂々と出てきてはいかがです?」


「え? キリシェいるの?」

「奥の岩陰ですよ。姉様、それで隠れたおつもりですか」


 カルラが指さす先の岩陰。そこからこっそり現れたのは、真夜中でも神秘的に輝く銀髪が印象的な少女だった。


「盗み聞きですね?」


「ま、待てカルラ! わ、わたしは偶然に通りかかっただけで……」

「隠れていた時から、風で髪の毛がなびいて丸見えでしたよ」


「~~~~~~っ!」


 一瞬で耳まで赤くなるキリシェ。

 そして。


「だ、だって話が気になったんだから仕方ないだろう! ばかばか、レンのばか!」

「俺のせい!?」

「ばか~~~~~~~~~っ!」


 砂埃を巻き上げて走り去っていくキリシェ。その姿に――


「あんな姉ですが、面倒をよろしくお願いしますね」

「……退屈はしないよな」


 レンとカルラは、二人で顔を見合わせたのだった。 

 

        


                          《了》

    

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