2話 「連れ去られたレン」 (『世界録』2巻SS)
「海がいいですわ」
「やだ、湿原がいいよ! たまには変わったところがいいもん!」
「いいや山だろう!」
「……あの、三人とも何してるんだ?」
炎崖都市ジオの講堂で、レンは、廊下でにらみ合う三人の少女に声をかけた。
「こんな朝っぱらから大声で言い争って……」
「うむ。いいところに来たなレン。わたしたちの次の目的地を考えていた」
蒼めいた銀髪をなびかせるのは、伝説の姫として名高い竜姫キリシェ。
「なにせ世界は広いからな。わたしたちの求める
「ねえレン。レンは海がいいと思いませんか?」
大天使フィア――天界最強の少女が、豊かな両胸をさりげなく押しつけてきて。
「……ふふ。私、新しい水着を新調しましたの。レンに特別に見せてあげますわ」
「だめだよレン、そんな色欲ボケ天使の話なんか聞いちゃだめ!」
割って入ったのは、褐色の幼女・先代魔王エリーゼだ。
フィアを押しのけ、レンの目の前までやってきて。
「ギスナ湿原て知ってる? 大きな滝の麓にあるんだけど、滅多に他の旅団も入らない場所なの。未踏派エリアもたくさんあって、お宝とか残ってるんだよ!」
「へえ、この近くにそんな場所があるんだ?」
「……まあ。そこら中が底なし沼で、湿原全体が猛毒の毒ガスに覆われてるけどね」
「誰も近づかないわけだよっ!?」
「レン、ならば山にしよう。自然が美しいぞ。今の時季は瑞々しい木々の新緑を楽しめる」
腕組みしながら答えたのは、キリシェ。
「わたしが行きたいのは断崖絶壁の難所で、通称『帰らずの山』と言われ――」
「エリーゼの湿地帯よりヤバいだろ!?」
と言ってる間に、レンはあっという間に三人の少女に取り囲まれた。
「レンはどこに行きたい? 当然わたしと山だな?」
「レンはどこに行きたいの? 当然アタシと一緒に湿原だよね?」
「レンはどこに行きたいですか? 当然わたしと二人きりで海に……ふふふ……」
「うぐっ!?……ええと、必ず選ばなきゃいけないのか?」
どれか一つを選んだ瞬間、残り二人から恨まれる。
かといって、全部行きたくないと答えても三人全員から怒りを買うだろう。だとすれば、考えられる答えは一つ。
「……いやあ残念だなあ。山も大湿原も海も、ぜんぶ興味あるってのが俺の本心なんだよなあ」
冷や汗をかきながら、白々しくもレンは答えた。
「だけど決められないってのなら仕方ない。ここはいっそ別のルートを考えるしかないな。いやはや惜し――」
「なんだ、それでいいの? じゃあ全部行くってことで」
「そうですわね。まずはエリーゼの言う湿地帯、次にキリシェの行きたい帰らずの山。最後にわたしの海ということで解決ですわ」
「……え? ちょっと待て!? 冗談だろおい!?」
「冗談も何も、お前がぜんぶ行きたいと言ったんだろうが」
ぐいっとキリシェに襟首を掴まれて、両脇をエリーゼとフィアに固められる。
「そうと決まれば、さあ行くぞレン!」
「話が違うってぇぇぇ――――――――――っっっ!?」
三人の少女にずるずると廊下を引きずられながら、レンは悲鳴を上げたのだった。
《了》
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