世界の終わりの世界録SS
細音啓@アニメ化『神は遊戯に飢えている』
『世界録』専門店限定ショートショート
1話 「レンは何も見なかった」 (『世界録』2巻SS)
「レンどうした? 顔が赤いぞ?」
港街フェルシアの早朝。
宿の部屋を出たレンに声をかけたのは、銀髪の少女キリシェだった。
可憐な少女の外見は、竜の秘術による空間圧縮によるもの。キリシェの真の姿は、地上すべての竜の頂点に立つ竜姫である。
いまは、レンと共に幻の至宝『
そんなキリシェが、じーっとこちらの顔を見上げてきて。
「人間は、そんなに顔が赤い生物だったか?」
「……いや実はさ、俺、風邪ひいたかも」
そう答えている間も、レンは全身の悪寒で震えが止まらない。
何を隠そう、部屋を一歩出る時から頭痛がするし目眩がするし、こうして立っているだけでも精一杯だったのだ。
理由はレン自身もわかっている。
昨日の夜、土砂降りの雨のなかで剣の訓練をしていたせいだ。
「どうせ昨夜の雨のせいだろう? わたしがもう休めと言ったのに、聞かずに何時間も外にいたせいだ。まったく……少しは身体を休めることも覚えろ」
呆れ笑いのため息をこぼすキリシェ。
「とにかく部屋で寝ていろ。私が風邪にきく薬を探してやる」
「……申し訳ない。ありがとうキリシェ」
「大したことではない。すぐ戻るから待っていろ」
キリシェが足早に外へと歩いて行く。そんな彼女を見送って、レンは自分の部屋に戻ることにした。
そしてベッドに倒れこむ。
「あぁ……でも、だいぶ熱あるなこれ。頭も割れそうなくらい痛いし……」
ベッドに横たわって目をつむる。
だが。
数分とたたないうちに、通路から誰かが駆けてくる足音がこだまして。
「おはようございます、レン」
「おはよレン! ねね、風邪ひいたんだって?」
扉が開いて、入ってきたのは煌めく金髪と大人びた容姿の少女――大天使フィア。
続いて、褐色の肌をした幼女・先代魔王エリーゼ。
どちらもキリシェと同じく伝説的存在。天界を代表する大天使に、かたや冥界の主として君臨した元魔王その人だ。
「まあ大変! レンてば本当に体調悪そう。でも大丈夫ですよ。これくらいの風邪、私がすぐに治してあげますわ……では失礼して」
「ってフィア先輩!? なんでベッドに潜りこんでくるんだよ!?」
こぼれ落ちそうなほど豊満な胸をさりげなく押しつけながら、レンのベッドに横たわろうとする大天使フィア。
「天使の添い寝には強力な治癒効果がありますの」
「いや……あの、できればもっと普通の療法がいいんだけど」
「ならアタシに任せてよ!」
そう言ったのは、巨大な壷を抱えたエリーゼだ。
「じゃーん。レンのためにとっておきの宝薬を持ってきたよ!」
そう言うエリーゼが壺の蓋を開けた途端、どう見ても猛毒としか思えない激臭の煙があふれだした。
「くさっ!?」
「魔王宮の秘蔵の宝薬だよ。あらゆるバイ菌をまとめて消滅させる強力なやつ。ただ悪魔用だしね。人間が飲むとどうなるか知らないけど」
「ちょっと待て!? いま最後にヤバイこと言っただろ!?」
「へいきへいき。ホラ、勇気出して」
「……むぐっ!?」
風邪で動けない状態で、無理やりドロッとした塊を飲まされる。
「どう? 治った?」
「…………猛烈に腹が痛くなってきた」
「え? あ、ちょっとレン!? レンってば!?」
「エリーゼ、何をしてるのですか!」
遠くで聞こえるエリーゼとフィアの慌て声。
それを最後に、レンは意識を失った。
***
……あれ。俺、いつのまに眠ってたんだ?
意識が戻って。ベッドで横たわるレンが目を開けたすぐそこに、じっとこちらを見つめるキリシェがいた。
本当に、本当に近い位置で添い寝していたのだ。
まるで、互いの唇と唇が触れあうくらいの距離で。
「……キリシェ?」
「わっ!? レン!? お前いつのまに目を覚ましていた!?」
キリシェがベッドから飛び起きる。
「今だよ。ていうかキリシェ、いま俺に何かしてた?」
「……………………」
「なにその沈黙」
「いやその……ええと、ほら、フィアとエリーゼが、お前が寝るのを邪魔しているようだったからな。その見張りのような……」
ぷいっと顔を横に向けて。
竜の少女は、消え入りそうな声でそう言った。
「べ、別に……それ以外何もしてないぞ。ちょっと寝顔に見入っていたとか、断じて違うんだからな!」
《了》
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