第07話 握手

―― あれから二週間



「「「 おかわりっ!! 」」」


ナルの母親の目の前には、三つの茶碗が、同時に差し出される。


ひとつは、赤い着物に、赤いかんざしと赤い瞳、茶碗と箸まで赤い、赤ずくめの少女、長崎ナルの茶碗だ。


二つめは、そのナルの弟、姉に似て負けず嫌いな長崎ネオ。


そして、三つめ。

大きな黒い瞳に、短く切り揃えた黒髪、黒い忍装束と、黒ずくめの少女は……そう、私達を襲撃した闇の巫女、名前は佐賀さが伊万里イマリ


「はいはいはい、三人とも、たくさん食べなさいね」

イマリの茶碗を受け取ったナルの母親は、米を山盛りにしてイマリに返した後、ネオの茶碗を受け取った。


イマリは僅かに微笑み、米を口に運ぶ。


僅差で敗北したネオは、それでもナルには勝利したのが嬉しかったようで満面の笑みをナルに向けていた。


ナルも次は負けないよ、とばかりにイマリとネオに笑みを向けている。



食卓には、つい二週間前、殺し合いをした挙げ句、三人とも死に掛けていたのが嘘のような、幸せな光景が広がっていた。



―― そう…あの洞窟崩落後……



岩に埋もれ視界を闇に支配された私は、勘違いをしていた。


その闇は、積み重なった岩が太陽光を遮断した結果、生まれたものと思っていたのだが…。


闇の巫女…イマリが、意識を取り戻したあと、素早く私とネオに覆い被さり、私達を守ってくれていた結果、生まれた闇だったのである。


イマリは右太腿みぎふとももの骨折も完治していない中、岩の直撃を受け左肋骨を数本粉砕されていた。

また、左足首から下は、岩に挟まれ潰されたまま動かせずにいた。


イマリは小さな呼吸を繰り返し、苦痛に顔を歪めている。


そんなイマリの下にいたネオも、無傷ではない。

崩落して割れた岩の破片が身体の側面中に突き刺さり、痛々しい姿で気を失っていた。


「…闇の巫女……ありがとう」

私はイマリの身体の下から這い出て、イマリに礼を述べる。


「……よかった…この子を先に」

一瞬安堵した表情を見せたイマリは、こう答え、そして再び気を失う。


静寂だけが場を支配する中、私は二人の治癒を一生懸命、続けていた。



―― "ガラガラ……"


イマリが押し倒した大きな岩が、滑り落ちる音が響く。


「……いた」

イマリが、ネオと私に向かって呟いた。


「姉ちゃんっ!!」

ネオは岩山を駆け上がり、視線を下に向ける。



「…スゥ…ハァ……あと5ふん……むにゃむにゃ……」


そこには、全身傷だらけ、血だらけのナルが、仰向けに眠っている姿があった……。


イマリはネオの頭を撫でた…その表情は、驚くほど可愛く優しかった。


驚きつつも、イマリを見上げたネオも屈託の無い微笑みを返している。


「ナル、そんなところで寝てたら風邪引くよ」

私は言いながらナルに寄り添い、治癒に当たった。



―― 何とかみんな無事に回復した。


ナルは暴れていた時の記憶が無いようで、崩落した洞窟や、隣に普通にいるイマリに驚いていた。


だが、この事態の一連の説明を聞いてナルは納得したようだ。


「ネオやショコラを守ってくれて、ありがとう」

ナルは言いながら、右手を差し出した。


右手を差し出しながらイマリは応える。

「……ううん、…ごめんなさい」


二人は固い握手を交わした。


「次、私が暴れたら殺していいから」

ナルは微笑み、冗談っぽくイマリに言う。


イマリはキョトンとした顔で応える。

「……了解…」


「いやいやいや!冗談よ!イマリ!次も何とか暴走私を止めてよ!」

ナルは、慌てて言い直したが……。


「……次は殺す……絶対負けない」

イマリは、る気マンマンのようだ。


「わわわ!?冗談だってばぁ!」


慌てるナルを、ネオと私は笑顔で見つめていた。



―― それから闇の巫女イマリは、私達と家族同然の仲になり、こうして同じ食卓を囲んで笑い合って過ごしている。


こんな日々が永遠に続きますように……

私は、ミックスベジタブルのコーンをかじりながらも、そう願っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る