第06話 破壊


一点に向かって走る黒い疾風と、赤い迅雷が交錯こうさくする。


疾走の勢いを加速させた闇の巫女は、ネオをしっかりとかかえつつ《赤いかんざし》を振り下ろすナルの前を通り過ぎた。


"ブジュッ"

血肉が裂ける嫌な音が、後方に響いた。


闇の巫女は、おびただしい赤い尾を引きながらも、岩影まで速度を緩めず疾走する。


倒れ込むように私たちを降ろした闇の巫女は、そのまま地に伏せ落ちてしまった。


その右脚は、真っ赤に染まっており、鉄分を含んだ血の匂いが辺り一体に充満する。


《赤いかんざし》に斬られた右脚は、太腿ふとももが大きく裂け、折れた大腿骨だいたいこつが肉を突き破り、体外に飛び出していた。


苦悶の表情を浮かべた闇の巫女の身体は震え出し、全身からは脂汗が吹き出し始める。


…もの凄く危険な状態だ。

私は、全力で闇の巫女の治癒に当たった。


ネオは、呆然と立ちすくんでいたが、ポツリと口を開く。

「…何?…今、何が起きてるの?」


「……」

私は無言だ。

ナルの様子を見ながら、闇の巫女を治癒している私に、状況を説明している余裕はなかった。


「姉ちゃんっ!!やめてよ!何やってるの!?」

岩影から身を乗り出したネオが、大きな声でナルに話しかけてしまう。


《赤いかんざし》にべっとりと付着した血と脂を舐め取ったナルは、血で真っ赤に染まった顔をネオに向けて、咆哮ほうこうを上げた。

【オオオォォオオオオ!!】


ナルは、ネオに向かって跳ねてきた。


それは、真っ直ぐ、そして速い。


"ザクッ"


ネオの目の前まで迫ったナルの右頬みぎほほに、横手から放たれた手裏剣が深々と突き刺さり、ナルは吹き飛ばされる。


治癒がまだ終わってない闇の巫女は、無理矢理、上半身を起こし手裏剣を投擲とうてきしていた。


腰を抜かして、その場に座り込んでしまうネオを横目に、ついに気を失い、地に伏せる闇の巫女。


再び、吠えたナル。

【ォォオオオオオオ!!】


頬に手裏剣を刺したまま、ナルは洞窟内を駆け上がり、天井から外へと走り去って行く。


【アアァァァァォオオオ!!】

外で叫ぶナルの声が、洞窟内にも響いた。


"……スタスタ…スタスタ……"

しばらくして、次は、ナルが洞窟の上を走り回る不気味な足音が、洞窟内に響く。



"ガゴン……パラパラ…ドゴン"


それは、突然だった。

大きな音と共に天井が崩れ始め、岩と石が一帯に降りはじめる。


"パシュン…ガラガラ…"


《赤いかんざし》の先端が天井に走り、遅れて天井が崩落ほうらくしていく。

いくつも、繰り返される光景……。


土煙が舞う洞窟内に、終わること無く岩や石は降り注いだ。


気を失った闇の巫女と、腰を抜かして動けないネオ、それから闇の巫女の治癒を続ける私…。

私達三人は、ただただ、洞窟の崩壊を眺めることしか出来なかった。


【ォオオオオオオ!!】


……私は、崩れ落ちる岩に埋もれながら、どこかで上げているナルの咆哮を聞いていた。




―― …どれくらいときが経っただろう……


ナルの気配はいつの間にか消え、辺りに静寂が訪れた。


岩に埋もれた私の視界は闇に支配されていた…。

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