第02話 黒い影

―― 剣の洞窟



ここは、気が遠くなるほど永いながい時間を掛けて、潮が岩肌を削って出来た海蝕洞かいしょくどうだ。


潮に深くふかく削られた洞窟は、入り口こそ狭いものの、奥に行けば行くほど広々としており、上部から射し込む太陽光と相まって神聖な雰囲気をかもし出している。


干潮かんちょうの時しか辿り着けない秘密の洞窟というのも、剣の巫女ナルが、ここを大のお気に入りにした一因だろう。


ナルは、毎日この洞窟の最奥部さいおうぶに来ては、刃渡り二mはある大剣 《アマテラス》を振り回し遊んでいたのだが、神の啓示があってからは、その遊びに更に熱が入っているようだ。


私は、洞窟の最深部に鎮座する剣のオーブに座ったり、飛び回ったりしながら、いつものように遊びに汗を流すナルを眺めていた。



"…ザァーー…ザザー……"


いつもと変わらない波音に、いつもと違う足音が混じった。


"…カツン…カツン…カツン…"


洞窟の入り口から射し込む光が逆光となり、その足音を奏でる主の姿は、黒い影にしか見えない。


"…カツン…カツン…カツン…"


止まること無く近付いてくる足音に、ナルは動きを止め洞窟の入り口を眺めた。


"…カツン………"


歩みが止まる。


"…ザァーー…ザザーー…"


ひとときの静寂。


次の瞬間、黒い影は地をジグザグに這い、高速でナルに迫った。


"ガキィィィン!"


金属音を響かせ、数m地を滑ったナルはいきどおりをあらわに言い放つ。

「ちょおっと!いきなり何よ!」


ナルは《アマテラス》の刃越しに、黒い影を見据える。


黒い影は射し込んだ太陽光に、その姿があらわになったのだが…。


黒いローブ、黒いフードに、黒いブーツと黒ずくめので立ちをしており、逆光時の黒い影と大差はなく、素性は未だ不明のままだ。


黒いフード越しに見える、白い肌と小さな唇。


その唇がゆっくり開いた。


冷徹な少女の声が洞窟内に響く。

「……私は闇の巫女…剣のオーブを…貰いにきた…」


そう言った後、少女は…闇の巫女はローブを広げ、ナルに投げつける。


ナルは、《アマテラス》で黒いローブを振り払ったが、その先に居た闇の巫女は姿を消した。


ナルは即座に移動しつつ、視線を左右に巡らせる。


"ザシュッ"


肉が斬り裂かれる音が響いたあと、ナルの左肩から血飛沫が舞う。

「いっ…たぁぁ…」


ナルは左肩から地面に倒れ込みつつ、左肩に突き刺さった手裏剣を右手で引き抜き、投げ捨てた。


ナルは地面に倒れ込み仰向けになる。

死角となる背後からの襲撃を封じる作戦だったようだ。


たが、闇の巫女は早い。


ナルが洞窟の天井を見上げたその時、ナルの瞳は闇の巫女を視界一杯に捉えた事だろう。


天井を蹴って急下降した闇の巫女は、両手にカタルと呼ばれる忍特有の武具を装着していた。


急下降とともに突き出されたカタルの刃は、くうを切り裂きながら、ナルの胸部に迫る。


「ナルっ!!」

《アマテラス》では防御不可能なタイミングに私は叫んでいた。



"ドゴッゴキンッ"


鋼と肉が衝突した音と、骨が砕けた音が洞窟内に響いていた。

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