幼馴染にフラれてるのに手を繋いで登校してるのは何故なのだろうか〜最終的に結婚した話〜

午後十時

一話完結

「付き合って欲しい」

「嫌」

「そうか…」



朝8時、通学路を歩きながら告白をする。

結果として一も二もなくあっさりとフラれた。


側から見ると告白した俺、

秋津ユキノリが単純にフラれただけの話に見えるだけだろう。




ただ、普通と違うところとしては

俺と彼女、櫛桁すずとは中学からの知り合いであるゆえに、何度目か分からないかの告白であるということと…




ーーがっつりと手を繋ぎながら、歩いているということだ。



しかも一本一本指を絡めたいわゆる恋人繋ぎである。



「なぁ、すずさんや」

今し方付き合うことを断った彼女に声を掛ける。


「なに?」

ちなみに、彼女は顔色一つ変えていない。



「なんで俺らは手を繋いで学校に向かっているんだい?」


「つなぎたいから」


「そりゃあ、繋ぎたかったら繋ぐよな…」

このやりとりも20を超えた時点で数えるのをやめた。






実は手を繋いで登校するのは一朝一夕のものではなく、

年齢が二つ下の彼女が中学1年のときから続いている。



なぜ繋いで歩くようになったんだろう。



たしか彼女からつないできたのだ。

「寒いから」とか言いながら。




家が三軒ほど隣に住んでいる櫛桁家との交流のきっかけは、

すずが中学一年のときに引越しをしてきたのだ。



その時の挨拶でチラリと見かけたのだが、

彼女の祖母がヨーロッパ圏の人だったらしく、地毛で明るい栗色の髪の毛だった。


そのために頭髪について、

転校当初は学校内で色々と揉めたことがあったようだ。


他の生徒に示しがつかないから黒く染めろ、

という学校側に従って染めているにも関わらず、

学年主任が髪が伸びてきたら執拗に染めろと迫った。



さらに事あるごとに髪の色だけでなく、すずに対して他の生徒には言わないような圧を掛けてきていたらしい。



スカートの丈が短いと、定規で執拗に触れるようなチェックをしていた現場をたまたま目撃した俺は、

流石にやりすぎなんじゃないかと声をかけると彼は激昂。



生徒指導を邪魔する貴様はなんなのだ。

担任に言いつけておくからな!

と、告発ムーブをして去っていった。


その後にどうやらあることないことを言われたらしく、当時信頼のおけるという立場の学年主任からこんなことを言われたんだが、と俺が担任に怒られるという始末。




俺もそんなあまりにも理不尽なことにイラついてしまった。


なのですずをはじめ、他にこういったいきすぎた生徒指導を受けている人がいないか、いたとしたらどんなことを言われていたかと話を聞いて集めていった。


その話を当時PTA会長をしていた親父に対して、集めた話をありのまま伝えた。


結果、それはもう大事になり学年主任は半ば左遷という形で転勤していった。






俺の中ではただ親の権力を振りかざしてイラついた相手に仕返ししただけだ。


そのため正義感とか、すずのためだとかは当初は全く思っていなかった。




そんなことも忘れかけていたころに、急に一つのニュースが入ってきた。近隣での熊の出没だ。



そこそこの街ではあるのだが、車で数十分走れば山のある地域だ。


5、6年に一度程度の頻度ではあるが街中に熊が出ることがある。



そういうときには集団登校になる。

周りは割と慣れたもので

「今年は出たのかー、気をつけないとなー」程度だ。



だけど熊の出ない地域から引っ越してきた櫛桁家はすっかり怯えてしまっていた。


集団登校も解除された後でもすずは怯えていたらしい。

外に出るのが怖い、と言っていたようだ。



それは困ったと、

先の事件で仲良くなっていたすずの父親から、親父が相談を受けた。

結論として、落ち着くまですずのことを俺が送り迎えをしてやる、ということになってしまった。



はじめは一週間もしたら落ち着くだろ、と思ってお小遣い追加に釣られて承諾した俺だったが、

まだ怖いから1ヶ月、まだ怖いから2ヶ月、まだ怖いから中学卒業前までと彼女の送迎が続いた。



なお行事だったりで予定が合わない日に関しては普通に一人で登下校していた模様だ。

よくよく考えたらもうお前怖くないじゃねーか。


そしていよいよ俺も別の街にある高校に行くこととなった。





卒業式前の最終登校日の帰り道。


『すず、明日で俺は卒業だわ。春から一人で学校に行けるよな』


『…なんで?』


基本的にすずは口数は多くないし、表情の変化は少ない。


最初こそ積極的に話し掛けていたが、

彼女としては無言が苦にならないタイプだ。


そう気づいてからは気が向いたときだけ話しかけるようにしていた。



そんな彼女が驚いたような顔でこちらを見てくる。


『なんでって。俺は電車で高校通うから駅に行かなきゃならないし』


『途中まで同じ道』


『そうだけど、通学に時間掛かるからいままでより早く出るし、時間合わないよ』


『私早く行くから平気』


『校舎開いてなくないか?というか、今までも時間合わないときは一人で行けてたじゃんか。大丈夫じゃね?』


『私と学校一緒に行くの嫌になった?』


『嫌じゃないけどさ。そもそも、もうしばらく熊も出ないだろ』



彼女と歩いて登下校するのは嫌いというか、むしろ好きだった。


友達にからかわれたりもしたし、下の学年の女の子と何話せば良いか分からなくてドキマギはした。


でも、時間が経つにつれてなんの気負いもせずに話せる仲になった相手と別れるのは少し寂しい。



ただ、俺が基本的に登下校迎えに行くために、すず自身が他の友達と遊ぶ機会が減ってるのでは?と思ったりもしていた。




『なんで…』


すずはうつむいてもう一度疑問を口にした。


『すず?』


冬から握手繋ぎで歩いていた俺は、彼女が立ち止まってしまったので手が離れてしまった。



『…』


二歩ほど離れた位置で向かい合うように立っている。



『…やだ』

『!?』



一言すずがつぶやくと、一気に距離を詰めて腕の中に入ってきた。

そのまま俺の背中に手を回してくる。



『ずっと一緒に学校いこ』

『帰りは諦める。でも一緒にいきたい』

『やだよ…いっしょがいい…寂しいよ…』



顔を俺の胸に埋め、最後は声が震えていた。

泣いているのだろう。




俺としては突然の柔らかな感触とシャンプーの香りとすずの涙で脳内が大混乱に陥っていた。



え、これの正解は何?泣いてるしどうにかしてあげないと。恋人じゃないのにイカンだろでもまて柔らかいな、いやちょっとまてとりあえずここ道の真ん中だしご近所さんに見られたら恥ずかしい。



『ならさ、俺と付き合おうか』


俺の脳内会議の結論として出したのは告白をする、

という突飛なものだった。


彼女はその言葉を聞いて顔を上げる。


『嫌』


その顔は、とても嬉しそうな表情だった。







「ってことが、3年ほど前にあったんだよ」



「いや、色々マジかよ」



今は高校3年の夏。

同じ学校に入学したすずと登校して分かれてからしばらく経ち。


自習となった5時限目に過去の話を前の席の田中に話した。


「あんな可愛い子と手を繋いで登校してるからなんなんだよクソがと思ってたけど、そもそも付き合ってないどころかフラれてるのかお前」

田中が同情したような目で見てくる。


「その通りだよ畜生が」


俺は苦笑しながら答える。



「でも謎じゃね?学校変わってでも一緒に居たいとか実質告白されてるだろ。実コだよ実コ」


「俺もそう思ったんだよ…でも答えはノーなんだ」


改めて振り返っても本当に謎である。



「例えばさ、告白されてると相手が認識してないとかは?」


田中は人差し指をピンと立てて提案をしてくる。


「認識?」


「そう。例えば付き合って欲しいを店に、とか思ってるとか」


「夕日差込む教室で、好きです!付き合ってください!と伝えてさ、その誤解って生まれると思うか?」「それはごめんなさいだぜ」





俺も同じように、意図が伝わらなかったのかと思ってシチュエーションを変えて告白したこともある。


教室まで迎えに行ったときに、残って待っていてくれたすずが、一人自分の席で窓の外を見ていた。


いつものすずより大人びて見えて、美しいと感じた。



そして彼女に自分の思いを改めて伝えようと「話があるんだ」と切り出して告白をしたのだ。



『は…嫌です。』


夕日が差し込み、紅く染まっている彼女の顔を見ながら俺はフラれた。



『そうか…ごめんな』


嗚呼、完全に脈無しか、と俺が一人帰ろうとすると


『じゃあかえろ』


彼女は俺の手を取り、指を絡めてくる。



『…ああ』


俺は、彼女が夕日では無い赤みが顔に差しているのに気づきながらも、うなずくことしかできなかった。





「それってさ、秋津くんキープされてるんじゃないの?」


話を聞いていたらしい隣の席の藤原涼が声を掛けてくる。


「キープ?」

「そう、キープ。付き合うのは今は嫌だけど、良い人がいなかったらいいかなーっていう」



「そうか…うーん。非常食的な立場か俺は」


「あはは!いいねそれ、それかもね」

藤原は笑いながら俺の腕をポンポンと叩いてくる。



「てかさ、秋津くんそんな同じ子にフラれまくるんなら、諦めて他の誰かと付き合えば良かったじゃん。秋津くん結構クラス女子人気高めだし」


「あ゛ぁ!?そうなの?」

「それは照れるな。そうなの?」



田中と俺は同時に声を上げる。

だが田中落ち着け自習の時間だうるせぇ。


といっても周りも好き勝手喋っているので注目は浴びていないけれども。



「だって秋津くん、イケメンじゃないけどさ」「たしかにそうだな」


「おい田中相槌早いな」



「なんか…芯があるように見えるというか。部活とかしてないのにさり気なく体育祭とかで活躍してるじゃん」


活躍と言っても例えばリレーのアンカー前だったり、体育祭バスケでクラス対抗のスタメンだったり程度のエース級ではなかった気がするけど。



「くそ…こいつ確かに地味になんでもそこそこ出来るんだよな…」


「出来る様に努力したからな。努力した結果がそこそこなんだけどさ」



すずに何度かフラれた後、自分に足りないものはなんだろうかと考えたことがあった。


中学ではあの事件を親に頼ってなんとか出来たけど、

そもそも自分自身がもっとしっかりして、すずの隣に立っていても恥ずかしくない男になろうと思ったのだ。



なので、高校に入ってからは筋トレがてらイベント設営系の単発バイトを入れてみたり、授業の予習復習と参考書での独学での勉強をして成績を上げられるように努力をしている。



「そんなわけで秋津くんは気取ってないのにスペック高いから付き合ってみるなら良いなって女子内では言われてるよ」



「やったぜ田中。俺もハーレム系男子だわ」

なんとなく気恥ずかしさから軽口を田中に振る。


「ちくしょう、藤原!ユキノリからいくら貰ったんだ!」


のんびりと談笑しているとチャイムが鳴る。


既にやり終えていた自習用の課題を持って(ついでに田中と藤原のプリントも回収して)教壇前の箱に入れる。



「こういうところだよ、秋津くんの良いところ」

ありがとね、と藤原は手を振ってくる。



「抱いてくれユキノリ」

「嫌だよ」

近寄ってきた田中を押し戻して、自分の席に戻った。





「…」

「どしたの?」


その日の帰り道。


校門近くで待ち合わせたすずと合流して帰る(相変わらず手は絡めてきた)道中で、すずが声を掛けてきた。



「…ん?いや別に」




高校に入って黒く染めなくなったすずは、自然で綺麗な栗色の髪の毛がよく似合っている。



おかげで高校では男子から告白されまくっているという話を聞いたことがある。

それはすべて断っているようだ。



実際どうなんだろうか。俺をキープしたいだけなのか。


それとも兄妹のように見ているのだろうか。



「なぁ、すず」

「なに?」




「俺のことはさ、どう思ってる?」


そういえば聞いたことが無かった。

彼女が俺のことをどう考えているのか。



「すき」


欲しい回答が速攻で返ってきた。


たった二文字なのに、この破壊力といったら無い。



「……それは恋愛的な意味で?家族的な意味で?」


「れんあいで」




思考が止まる。

聞いたのは自分のくせに、言葉の意味を咀嚼しきれない。




ただ、頭の片隅で浮かんだ言葉としては「うひゃあ両思いだぁ」というアホな思考だけだった。



彼女は言葉を続ける。



真っ赤な顔になっているようだ、というのは意識が半分飛んでいる中で、頭のどこかにいる冷静な俺が彼女の姿を捉えてくれた。



「世界でいちばんすきなのは、ユキくん」


「引越ししてきてから、ずっといつも守ってくれて嬉しかった」


「いつも送り迎えのときに、車のこと気にしてくれて頼もしかった」


「わたし、口下手なのに言いたいこと分かってくれて楽しかった」


「友達と遊んでても、私を見かけたら手を振ってくれて安心してた」


「夕方の学校で好きって言ってくれてドキドキした」


「いつも好きって言ってくれて幸せだった」



あまり喋らない彼女が、堰を切ったように言葉を繋いでくれている。


それが何よりも嬉しくて。



でもそれ以上に思った疑問がどんどん膨らんでくる。



「…なら、どうして付き合うのは嫌なんだ?」



膨らんだ疑問を、自分でも自覚できる震えた声で問いかける。



「…だって」

すずは、俯き、呟くような声で答える。


「中学校や、高校で付き合ったら、すぐ別れちゃうって聞いたから」



「…それが理由?」


こくりと、彼女は肯定する。




「ずっといっしょがいいのに…付き合ったら別れちゃう。そんなの嫌」


「ユキくんのことは本当にすき。だから付き合いたくない」



彼女はまた、泣きそうな顔で俺を見る。


その顔を見て、混乱していた頭がすっと冷静になった。




「そっか…ありがとうな、すず」

俺は彼女から手を離し、頭をそっと撫でる。

「んぅ…」と、すずは俺の手を受け入れた。



「来月、すずの誕生日だけどさ。プレゼントは俺が決めるわ」

いつもはすずのリクエストを聞いていた。


ただ、大体「なんでもいい」と答えて来たので俺が決めていたのだけれども。


ただ今回は一つの決意、覚悟のようなものが出来た気がする。



「?」すずは首をこてんと傾げながらも「分かった」と答えてくれた。



その返答を見て、二カッと笑いかけて俺から彼女の手を取り、指を絡める。

もう、離さないと言わんばかりにギュッと手を握りしめて。



すずはその手を握り返してくれた。

少しだけ、彼女が笑顔を浮かべた気がした。





一ヶ月というのは、普段なら長く感じるのだけども、やるべきことがあると矢のように過ぎていく。



俺はあの日からバイトの数を激増させ、お金を貯めることにした。


彼女の想いに応えたい。それは俺自身の、俺のための意志なのだから。




あとは根回しだ。

この一ヶ月の間に両親にも相談をし、様々な条件付ではあるが許可を貰った。俺としても納得はしている。




「お前はそれでいいんだな?」

話し合いが終わった後、親父から声をかけられる。


「うん、ありがとう親父。まだまだ迷惑を掛けるけど、決めたことだから」


「ああ、それなら良い。男ってのは覚悟が大事だからな」

親父はうなずく。



「こんだけ言ってダメな可能性もあるけどな」

「そんときは、お前の稼いだ金で焼肉でも食うか」

「鬼かよ、もう金ほぼ無いわ」


男二人でゲラゲラと笑い合った。良い両親に恵まれた。

つくづくそう思う。





「じゃあ、ちょっくらいってくるわ」

「行ってらっしゃい」

なんだか複雑な心境という顔をしている母さんと、笑って送り出す親父に見送られながら、俺は待ち合わせ場所に向かった。




「や」

レギンスとシャツワンピースという私服姿で待っていたすずに声を掛ける。



「ん」「じゃあ行くか」

いつもと変わらない無表情ですずは応える。




今日は花火大会だ。

といっても、実際の会場やその近辺に行くわけではない。



小さくしか見えないのだが、誰もいないし雰囲気はしっかり楽しめる穴場スポット、マンションの屋上に向かった。



ここも以前中学時代の事件の件で、このマンションのオーナーの息子さんが学年主任に目をつけられていたようらしい。


それに気付けなかったのに解決をしてくれてありがとう、と後日に感謝されるついでに、良かったらとマンションの屋上を特別に入れてくれるようになったのだ。


それ以来、俺とすずは毎年ここから花火を見るのが恒例となっている。




コンビニで調達したお菓子と飲み物、それと持ち込んだキャンプ用の折りたたみ椅子と、アウトドアの折りたたみミニテーブルをセット。


最後にランタンを灯して花火の開始を待つ。



「今年も晴れて良かったなー」

椅子に腰掛けながら、声を掛ける。


内心花火なんぞ今はどうでも良いとは思っているが、建前は花火の鑑賞だ。



「うん。綺麗に見えそう」

すずも隣に座る。



そういえば、同じようなシチュエーションで告白をしたことがあった。


もちろんそのときにも付き合うのは断られたのだけれども。


そのときは、確か花火が終わった後だったろうか。


なら、今回は花火の前に伝えるべきだろうか。




いやまて前回と同じように終わってから声を掛けるべきか…

そうこう考えているうちに、遠くでボン、という花火が上がった音がしてしまった。



空を見上げると、空が赤く光っている。


「はじまった」

「…ああ、はじまったな」


しょうがない、今は花火を見ることにしよう。



「ねぇ」

花火と花火の間の小休止の間、すずが声を掛けてきた。



「最近、何かあった?」

「え?なんで?」

俺は動揺を悟られないように努めて平静で返答する。


「ちょっと、疲れてた」

よく気がつくものだ。


確かにバイトを増やした影響で体力的にはへろへろになっているし、授業中も寝ずに必死こいて先生の話を聞いている。



「あぁ…ちょっとバイトを増やしてね」

よし…こうなったら今しかないか。俺は一呼吸する。





「なぁ、すず。話があるんだ」

「…なに?」



遠くでバン、と音がする。

花火が再開したようだ。


でももう関係ない。




「誕生日プレゼントなんだけどさ、実は用意していないんだよ」

「…そうなんだ」



少し眉を顰める彼女を見つめる。




「代わりに、これ」

俺は、ジャケットにしまっておいた小さな箱を取り出す。


手が震えているのを感じていたが、気持ちが負けるわけにはいかない。気合で震えを止める。



ランタンに照らされて、それが何なのかすずは気づいたのか、目を見開いている。



中学校の卒業式前日のあの日よりも驚いているようだ。


彼女の前で、その箱を開ける。



その中には、本物のダイヤをあしらった、彼女の薬指にはめるための指輪だった。



確か、名前はSTAR GAZERだったか。

俺が出来る限界値の、婚約用の指輪だ。




花火は続いている。

ドンドン、と遠くで聞こえているような気がした。





今この空間は何の音も聞こえない。

俺は、最後の言葉を紡ぐ。






「俺と、付き合わなくていい。

ーー俺と、結婚してくれないか」





俺は言い切ったことで世界に音が戻るのを感じた。



付き合って破局する高校生にはなりたくない。

そういうのならば

ーーいっそもう一歩踏み込んでしまえばいい。



ちなみにだが、高校での結婚をしたカップルの離婚率は

成人してからの結婚後の離婚率4割に比べて、1割と極端に少ない。





「別れるのが嫌だというなら、もう別れないでいよう。ずっと一緒にいたいというなら…死ぬまで一緒にいよう」





別に、結婚をするぐらいなら他の人と付き合って、例えば5年後社会人になってから結婚を考えるのもいいのではないか、と藤原に言われて思ったこともある。




自分は本当にそれでいいのかと考えたとき、一生後悔をする選択な気がしてならなかった。



俺は彼女のことを幸せにしたい。

幸せになって欲しいと願った。



あの日、学年主任に絡まれている彼女の、

悲しそうで辛そうな顔を見たときに、

ずっと笑っていて欲しいと心から思ってしまった。




彼女が俺を望まないのであれば、それはしょうがないことだと思うけども。


俺が彼女を幸せにさせられる権利があるというのなら。




それは、5年後に告白だろうが、今だろうが変わらない。


これからずっと彼女を笑顔にしていきたいと思う。





中学のときは突飛な、はじめての告白をしたかもしれない。


だけど今は覚悟と意志を込めた言葉だ。






バンバン、と連続で打ち上がる花火の音が聞こえる。


フィナーレが近い。




彼女は指輪を見、俺を見た後、また指輪を見た。


頭の中が真っ白になっているのだろうか。



俺は、箱から指輪を取り出し彼女の左手を取った。


そのまま、すずの薬指に指輪を通す。



サイズはピタリと彼女の薬指の付根に収まった。

すずは自分の指輪のついている指を見る。





彼女はブワリと涙を流した。

急に感情が戻ったらしい。



涙を拭くこともせずに、俺を見つめる。





彼女が口を開く。




「嫌」



と。



その直後に、ガシャンという音とともに俺の視界が覆われた。

どうやらこちらにつっこんで来たらしい。



「死んでもいっしょがいい」




そう一言残して、口の中まで彼女の匂いが流れ込んできた。




ひっくり返った俺が見たのは、視界いっぱいの彼女の姿と、最後であろう遠くに見えるひときわ大きな花火が遅れてドン!という音を立てて消えていく様子だった。








結婚してから一ヶ月で俺が分かったことはいくつかある。



一つ目は、櫛桁家の理解の早さだ。


婚約した翌日に櫛桁家に向かい、

取り急ぎの結婚の報告と結婚においての条件を伝えた。




俺の両親に相談して決めた条件としては、

・同居はすずが卒業して、かつユキノリの就職が決まってから。それまではお互いが親の家で生活すること。


・それに伴ってバイトのし過ぎ禁止。扶養から外れちゃうから。


・同居するまでは妊活は禁止。節度のある行動を。(妊活は、というところがミソだぞ、というのは親父談。抜け道を伝えるな馬鹿か)


・結婚式は二人が成人してから行うこと。(同窓会になるからいいわよ、と母さん談)


これを守るので娘さんをくださいと伝えたところ、


「分かったよー、おめでとう!いやぁユキノリくんもこれで息子かぁ、ワッハッハ」という何とも軽いお許しをいただいた。



「え、娘はやらん!とかそういう下りは無くて平気すか?」という問いに


「すずが中2ぐらいの時点で遅かれ早かれこうなることは分かってたからねー」というのが義父さんの談。


「娘を任せられる相手に貰い手決まってて、直ぐに出て行かないのならこれほど安心出来ることはないよ。頼んだぞユキノリくん!」と、背中を叩かれた。



とりあえず晴れて許しも出たし、婚姻届でも取ってくるかと思ったら。



「あ。ユキノリくんもう書いてあるからあと君の名前を書いてねー」と、押印付きの婚姻届を渡された。



あれ、プロポーズしたの昨日だよな…なんで準備万端なの…?





もう一つは、母さんとすずの関係性だ。


ある休日、突然すずがうちを訪ねてきた。


「あれ、どうした?」と聞くと、「お義母様に用事があって」と。


どうやら、母さんに「お袋の味」というのを習いに来たらしい。


結婚することを伝えたときには「まだ早いんじゃないかしらね」という態度だった母さんだった。


最近は料理を習いに来るすずと話しているうちに「娘が出来たみたい」と喜んで二人で台所で料理をしている。




都度料理の実験台兼夕食ということでご相伴に預かれるのはありがたい。


「夜食の作り方も教えてもらう」だとかでたまに家に泊まっていくことになったすずが、耳打ちで「妊活禁止だって」と艶やかに伝えてくるのは辞めて欲しい。


夜食の意味が変わってくるぞこの野郎。




ひとまず、コンビニに買い物にいくことにした。






そして、最後に俺とすずの関係。


「付き合って欲しい」

「嫌」

「そうか…」


朝8時、相変わらず俺はまたフラれた。


「秋津すずさんとご飯に行きたい!馴れ初めを聞きたい!」

なんて言ってくる我がクラスのジャーナリスト共とのお付き合いご飯のお誘いをしてみたのだが、見事にお断りされた。


別に俺も積極的に話したいわけではないので嫁さんから断られた、と伝えて終わりの話ではある。



ただ、高校一年生の誕生日入籍というのはうちの高校の中ではなかなかの面白ニュースなようで、詳細を聞きたいという人が後を経たない。



まあもう少し放っておけば落ち着くとは思いたいが、すずが授業中に櫛桁、と指されたときに

「先生、私結婚したので。秋津すずです」という言葉が一年生男子と独身の教師陣の心に刺さったらしい。


脳が破壊されただとかなんとか。





極め付けとしては、今の状況もある。


手を繋いで歩くというのは曰く、

彼女的にもかなりセーブをしていたらしい。


右側をチラリと見ると、登校する俺の最愛の妻すずは腕を組む、というか腕にへばりついている。



「なぁ、すずさんや」

俺の肩に彼女の頬が触れ、胸は俺の腕で潰れている。

朝っぱらから理性が飛ぶぞ本当に。


「なに?」

ちなみに、相変わらず彼女は顔色一つ変えていない。


「なんで俺らは腕を組んで学校に向かっているんだい?」





彼女は応える。

「愛しているから」




俺は遠くを見る。

「そりゃあ、愛しているなら腕ぐらい組むよな…」








おそらく、少なくとも俺が卒業するまでは続くだろうやりとりの呟きが、誰に聞かれるでも無く、抜けるような青空の彼方へ溶けていった。

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