第三章 1
成程、ママさんのいう通り、バーテンダーといっても、店内での仕事は、ビールびんの栓抜と、乾きもの、おつまみを器に入れて出すだけで、あとはカウンターに立っているたけであった。
ママさんに、「座っててもいいわよ」と言われたので、カウンターの中に丸椅子を入れて、腰かけていた。
浴衣の客は、殆んど財布を持っていなかった。
当時は、「つるやホテル」、「大野屋ホテル」、「富士屋ホテル」などが、有名ホテルであった。
それぞれに、浴衣の柄が異なっていた。
入店してきた客の浴衣の柄で、ホテルが判ると、すぐに地図を見て、ホテルの場所を確認した。
集金のための付け馬をやらなければならないからである。
これがメインの仕事なのであった。
ボックス席が、六席あった。
客はとりあえずボックス席に案内される。
席の背もたれが、高くなっている。
ボックス席も互いの席が、見えないように配置されていた。
客は「糸川」というだけで、その気になって、入ってくる。
ビールを一杯空けただけで、ホステスの肩に手を廻してきた。
そして、胸に手を差し込んできた。
そのために、ホステスも胸の大きく空いた服をこれみよがしに着ているのである。
スカートも丈が短かい。
客の手が、すぐに差し込めるようにしているのである。
ホステスは、殆んど下着をつけていなかった。
いわゆるノーパンである。
客は、スカートの中に手を入れて、ジャリッとした陰毛に触れると、「おッ!ノーパンかよ。サービスが良いねえ」と言って、浴衣の股間にテントを張った。
そこで、すぐに、股間のものを握って、商談に入るのである。
耳元で、擽るような声で、
「私は、高いわよ」
「え?いくら?」
「大三枚...テクニックが違うから」
「二枚にしてくれよォ...」
「じゃあ、二枚半でいいわ」
客は、少しでも値切ると、満足するのであった。
商談が成立すると、すかさず二階に上かるのであるが、その前に、指でママさんにサインを送る。
指を二本出して、次にパーを出す。二万五千円 の意味であった。
すぐに、サービス料として、二万五千円と伝票に書込む。牛ちゃんである、私の役目であった。
大体、目安は三十分である。
先にホステスが降りて来る。
ママさんに、小声で「変態なのよ。あの客。後に入れさせろって、しつこいの」と言ってから、客に、「フフフ、もう少し飲む」とやさしく言う。
「そうだな...」
「おビール一本ね」
間髪を入れずに、注文(オーダー)を出す。
ここからのビールは、二倍の値段に、はねあがる。
その間の店内のやり取りは、阿吽の呼吸であった。
私は、二日で、雰囲気を掴んだ。
ママさんが、「牛ちゃん、かんが良いねえ。向いてるよ」とほめてくれた。
初日に、ホステス全員に、ママさんが私を紹介してくれた。
「牛ちゃんて呼んでね」
「はい。牛(うし)さんね。可愛い」
「童貞だってよ」
ママさんが、いきなり言った。
「ママさん!...困るよ」
私が、顔を真っ赤にしたので、
「 わたし、食べちゃおうかな」
と言ったホステスが、短いスカートをまくり上げた。
ノーパンである。丸見えになった。
「勘弁して下さいよ」
私が言ったので、
「ママ、どこから見つけてきたの。童貞だなんて、縁起が良いわ」
ホステスが、はしゃいで言った。
店内が明るくなった。
「ただ喰いは駄目。お祝儀を取るよ。牛ちゃんのお小遣い。でも最初は、あたし...」
「ずるーい!」
のブーイングだった。
「ママの特権だよ」
ママさんの名前が、初子と言った。
出来すぎの感があるが、私の姉の名前が、初枝だったので、「偶然の一致だな」と思ったぐらいであった。
初子ママには、パトロンはいない。
若いときから、苦労を重ねて、やっとの思いで「B」を自分のものにした。
まだ、四十才にはなっていないだろう。
オーナーママであった。
店でも、一番綺麗であった。
客たちは、初子ママと寝たがったが、初子ママは、自分では、絶対寝なかった。
「私が寝たら、他の子の客が減るじゃないの。そうしたら、店の子は辞めちゃうよ」
店が閉店(カンバン)になってから、売上を計算して、「本当に牛ちゃんは、縁起が良いわよ。売上、いつもの倍だよ」
とホステスたちに告げて、全員に大入り袋を配った。
店の屋根裏は、私が、一人で寝るのではなかった。
ホステスたちも、一緒に寝るのであった。雑魚寝であった。
中には、近くに、部屋を借りているコもいた。
そうした女性は、亭主がいるか、情夫(イロ)がいた。
子持ちの女性もいた。
皆それぞれに、事情があったのである。
初日の夜は、初子ママに、ママの部屋に連れていかれた。
風呂に入ってから、初子ママに、
「おいで...何してるの。お店で言ったことは本当だよ。私だって、男が欲しくなることはあるんだよ」
と手を取って、ベッドに誘いこまれた。
「オ、オレ...やりかたが判らないから...」
というと、初子ママが接吻をして、口の中に舌を差込んできた。
それだけで興奮して、体が顫えた。
さらに、痛くなるほど、屹立してくるものを口唇で愛撫してくれた。
思わず射精した。
それを初子ママが呑み込んで、
「あらあら、早いこと。でも、美味しいわよ。まだ全然、元気ね。ここに、入れるの初めてでしょ」
「は、はい」
初子ママが、上から被さってきた。
初めての感触であった。
「あせっちゃだめよ、我慢して、こんどは、このまま、牛ちゃんが上になってごらん」
と正常位になった。
包まれている感触の中で、
(これが、女なんだ...)
と思った。
頂上にいきたくなるのを、初子ママに言われた通りに、我慢していた。
極く自然に、腰が動いた。
「あ...上手だよ。わたしも童貞は、初めて食べているの。凄く、美味しい。新鮮なマンゴーを食べているみたい...ああ、女がいくとこ、見せて上げる。頭の中が真ッ白になってから、次ぎ真ッ赤になるのよ... いいわ...牛ちゃんもいって、わたしの中に出して...」
初子ママが、自分の腰も廻し始めて、私の尻を強く抱え込んで、両足で、挟み込んでくるようにしたので、我慢が、限界になって、熱いものを放射した。
それで、初子ママは、またいった。
毎回でも、出来る気がしたが、初子ママが、
「少し休ませて」
といったので、体を離した。
(セックスって、こういうものなんだ)
翌日、店に出ると、ホステスたちが、近寄ってきた。
口々に、「ねえ、やったの?」と聞いてきた。
「ママさんにきいてください」
「ママ、ねえ、どうだったの」
「美味しかったわよ。マンゴーを食てるみたい。何回もね」
「ママ、ずるーい。一人占めなんて...」
「ちゃんと、ご祝儀も。ハイ」
と皆んなの前で、封筒を渡してくれた。
「で、あと何日かは、お持ち帰りします」
「何んで?」
「顫えるのよ。女の裸の前だと」
「ウソー!」
「本当よ。顫えなくなるまで、私が面倒見ます。大切な、この店のマスコットですからね。牛ちゃん。仕事しっかりするのよ」
「はい」
それから毎日、本当に、初子ママにお持ち帰りされたのである。
一週間後である。
「今夜から、宿舎で、皆んなと寝なさい」
と言われた。
店が終わってから、
「ねえ、どこに寝かせる?」
「真ん中しかないんじゃない。それなら全員が見えるしさ」
というので、女性たちの中央に、布団を敷かれたのであった。
一週間前に、童貞を喪ったばかりであった。
皆んなが見ている前で、堂々と、行為ができる程の度胸はなかった。
さらに、一週間経過してからであった。
カウンターの中に、二つ、格子を置いて、私の隣に、初子ママが腰を降して、私の太腿に手を当てて、
「誰かとした?」
と訊いてきた。
「しません。無理です。あんなに大勢で寝てるんですよ。出来る度胸なんてありません」
「わたしとは?」
「し、したいです」
「こんな、お婆ちゃんでも?」
「わ、若いです。初子ママは」
「本当?」
「嘘言ったって仕方ないです」
「可愛いこと...」
と言って、嬉しそうに立ち上った。客が入ってきたのであった。
その夜。閉店後に、また初子ママに連れて帰えられた」
ホステスが噂した。
「ママ。火が点いちゃったのよ」
「若い若い、ツバメちゃんか」
「それも良いんじゃあないの。初子ママは、若いときから、体を張って、働き詰めに働いてきた。派手な遊びは一切やらないし、男も作らなかった。今、火が点いたって、あの子、牛ちゃんなら...なんの遊びも知らないでしょ」
「あたしたちと一週間、雑魚寝させたのは、なんなの?」
「牛ちゃんのテストでしょ。他の女に手を出すようだったら、ただの男。お持帰りはしない」
「そうよね。その点、初子ママは徹底している」
「良い、お道楽だと思うよ。彼女だって、ずっと一人は淋しいのよ」
「今更、パトロンなんて必要ないし、男に飼われるより、男を飼いたいのよ。あれだけの、歳の差のある、言ってみれば、子供でしょ。 いつでもポイッていうのアリでしょう」
「変に訳あり風の男は、いらないじゃん」
ホステスたちの噂は、真実を突いていた。
「初子ママが飽きるまで、そっとしておいてやろうよ。誰も損する話じゃないんだから」
その初子ママの“飽き”は、三月できた。
初子ママは、利口は女であった。
皆んなは“飽き”と言っていたが、そうではなかった。
(うちみたいな店で、付け馬と用心棒をやらせていたら、この子は駄目な男になってしまう。仕事を覚えるなら、ラスト・チャンス。牛ちゃんには、そのチャンスがないだけ。それを作ってあげるのが、わたしの仕事だわ。童貞から男にしたんだもの。それくらいは、してあげたい...)
三月後に、
「これは、紹介状よ。マスターにね。熱海市の小さなキッチンたけど、チーフにも紹介状を書いておいたから。わたしの、年の離れた弟って書いてあるからね。これ当座のお小遣い。無駄に使っては駄目よ。いいこと」
「はい」
「ちゃんとマスターに電話をかけてあるから。今まで、良くつくしてくれて、ありがとう。嫌いになって、別れるんじゃないのよ。どうやって考えたって、長続きする歳の差じゃないの。いいこと、絶対に糸川なんかに、遊びに来ないでね。綺麗な思い出にしたいから」
「ママさん。最後に、愛しあいたい」
「駄目。未練を持ったら、牛ちゃんのためにならないの。キッパリ別れましょう」
といって、初子ママの部屋を出された。
電話を掛けた。
初子ママの部屋である。
封筒を貰っていた。
その封筒の中には、五十万の金が入っていたからである。
「初子ママ。ありがとう。こんな大金。どうしても、お礼が言いたかったんだ。オ、オレ、人に、こんなにやさしくされたの初めてなんだ。必ず別れます。未練ももちません。ただ、ありがとう。本当に、ありがとうございます。 ありがとう...ありがとう...」
と電話を切った。
電話の最後は、泣いていた。
初子ママも、鼻をすすり上げているのが、電話越しに聞こえた。
人の情けが、身に染みた。
(オレみたいな奴が、生きていても、いいんだ...)
と貧者の一灯が点す、小さな炎のように思った。
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