第7話

 食事を終えてウィンドウショッピングをしながら歩く。

 ふと、H&Mの前で私は足を止めた。

「ねぇこんなの似合いそうだね」

 私がカーディガンを指差して言うと、

「えー?そんなの着たことない」

 困ったように彼が言う。

「ちょっと着てみなよ、服選んであげる」

 半ば強引に店内に入ると

「本当?選んでくれるの?いいの?」

 と彼が付いてきた。


 サイズを聞き、ハンガーにかかったままの洋服を彼の首から下に当てながら、顔映りのいい色のシャツ、ラインの綺麗なパンツ、それにあのカーディガンを選び、

「いいから、とにかくちょっと着てみて」

 と彼と一緒に試着室へと詰め込む。

 ほどなく

「いやーん、なにこれー!これがアタシ!?」

 と声が聞こえた。

 開けてもいい?と声をかけカーテンを開くと、そこにはすっかり垢抜けた印象の20代の若者が立っていた。

 そうそう、これでいいんですよ。これが本来あるべきあなたの姿です。心の中でそう呟きながら腕を組んで頷く。

 我ながら見事な見立てではないか。思った通り、この人はカジュアル過ぎない知的な雰囲気の服装がよく似合う。

 パンツはこっちのでもいいし、寒くなってきたらこんな感じでマフラーを巻いて…

 言いながら鏡の前で手早くアレンジする。それを見た彼がまた

「すごーい!アタシじゃないみたいー!」

 と声をあげる。

「目の前で見せられるとその気になるでしょ?アパレル店員はこうやってコーディネートを提案しながら客単価を上げるのよ」

 そう説明すると

「すごいわ…アタシの全然知らない世界だわ」

 感心したように彼が頷く。


 ああでもないこうでもないと洋服を選びながら、こんなに楽しかったのはどのくらい振りだろう、と振り返る。

 そうだ、こんなに楽しかったのは姉と遊んだとき以来。

 何の目的もなくイオンやスーパーを渡り歩き、ゲーセンで無駄遣いをして疲れたらブルーシールでアイスを食べる。

 沖縄で過ごしたあの時以来だ。

 姉と過ごす他愛もない時間のように、彼との時間もまた楽しい。ならば彼は、やはり妹といったところか。

 歳の離れた私のかわいい妹。


 選んだ洋服を買い、私と彼は眼鏡店へと急ぐ。

 ふと、ショーウインドウに映る姿に目をやり、思わず立ち止まり

「ねぇ、私達ってどう見えるかな?」

 私が訊く。

「そうねぇ…カップル…かな」

 彼が答える。

「いやいやいや、いくらなんでもカップルはないでしょう。せいぜい姉と弟とかじゃない?」

 と言うと、彼が

「いやーん、ねこかめさんがお姉ちゃん?どうしようー」

 と恥ずかしそうに笑った。


 よくわからんが面白い人だ。


 出来上がった眼鏡を受け取り、早速かけて歩く。

 新しい眼鏡をかけた彼は輝いて見えた。

「どう?新しい眼鏡は」

 そう言うと

「なんか…すっかり若返ったね!」

 という答えが返ってきた。

 彼の言い方に笑いながら、若いんですよあなたは…と心の中で呟く。

 どうしてこの人はセルフイメージが実年齢より老けているんだろう。まるでお洒落をすることが悪いことかのようだ。お洒落といっても別に着飾って散財するわけでもなく、ただ年相応の見た目に整えるだけなのに。

 仕事でもそうだ。優秀なのに自己評価が低い。腰の低い穏やかな姿勢は評判はいいが、主張すべきときにもニコニコ微笑んだままだ。あと一歩というところでいつも逃げてしまう。


「今日はありがとうございました。選んでくれたお礼です」

 と奢られたゴディバのショコリキサーを飲みながら、満足げな彼をよそに、私はなんとも腑に落ちないモヤモヤを感じていた。



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