第3話
「休み…」
一瞬意味がわからず立ち尽くす。
ふと辺りを見回して、コンビニのガラス窓に映った自分のぽかんとした顔のだらしなさに気付き、慌てて口許を手で覆った。
かっこ悪い。
私はもっとかっこいい大人になりたかった。詰め込まれたスケジュールをサクサクこなし、急な予定変更があってもそれを楽しんで自分を磨く余裕がある。そんな大人になりたかったし、なっているはずだった。そのための努力だってしてきたのに。
なのに今の私ときたら、なんてみすぼらしく、なんてだらしないんだろう。
いや、違う。
たかがスケジュールの思い違いぐらいでここまで自分を卑下する必要などない。
こうやって、何かあればすぐ自分のせいにして納得しようとする、そうやって問題の本質から目を反らし解決することから逃げてきた、いつもなんとなく誤魔化してなんとなく無難な選択をしてきた結果が、今なのだ。
「ねこかめさん?」
声をかけられハッとなった。
また自分の思考に潜りすぎてしまった。何かあるとすぐに考え込んでしまう。これも私の悪い癖だ。
「すみません、主任これから仕事ですよね?失礼しました」
「僕も休みですよ」
半分困ったような顔をして主任が笑う。
「あ、お休みでしたか…」
もう笑うしかない。私は元来スケジュール管理がすごく苦手な人間だ。自分のシフトですら記憶できないのに、他人のシフトなど覚えているはずがない。
早く立ち去ればいいのに、一向に動こうとせずそこに突っ立ったままの主任になんとも言えない居心地の悪さを感じて、じゃあまた明日、と胸まで手をあげたところで
「ねこかめさん、今日仕事だと思ってたんですよね。今から少し時間あります?」
こんなこと頼めた義理じゃないんですけど、と付け加えて
「僕、これから眼鏡を買いに行くんですけど、もしよかったら選んでいただけないかと。ご覧の通り、お洒落に疎いもので…」
癖毛の巻き髪を撫でながら、恥ずかしそうに彼が言った。
あぁ、確かに。この人は仕事中ならそこそこキリッとして頼もしく見えるが、私服になるとてんで駄目だ。
毎朝職員玄関で挨拶する彼は、いつも色褪せた黒のパーカーにだぼだぼのデニム、履き潰したスニーカー、見るからにファッションなどどうでもよさそうな無駄に大きなリュック。今時中学生でももっとお洒落を楽しんでいるというのに、これでは歩く無頓着だ。
いつだったか、昼休みに若い子達が「うちの主任、中身はいいけど見た目がねー」と話していたのを聞いた覚えがある。いわゆる適齢期といわれる彼女らの評価はなかなかに手厳しい。彼女らは皆、悪い人じゃないんだけど、と前置きした上で好き勝手に言う。そんなセリフは免罪符にはならないのだが。
どうせ家に帰ってもパジャマに着替えて寝るだけだ。やりたいことなど何もないし、家事は済ませてきた。
予期せぬ申し出に戸惑いつつも、若い頃アパレル店員のバイトをした経験が目を覚まし、にわかに血が騒ぎ出す。
「いいですよ」
私はこの面白そうな誘いに乗ることに決めた。
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