テーマ:ラベル 将棋エキシビジョンマッチ

 将棋の駒達は、まさに一触即発だった。先程行われたパパと太郎くんの熱戦が終わり、駒と盤を置き去りのまま、二人は寝入ってしまった。盤上は束の間の安穏を取り戻しているかに見えた。しかし人間の目が離れた闇の中、駒達は一つのマスを睨み付けていた。そこは王、または玉が居座るマス、通称玉座だった。みんな普段は居座ることのできないそのマスに座ってみたかったのだ。

 最初に動いたのは飛車だった。持ち味の俊足で、たった二手で玉座にたどり着いた。

「あぁ、なんて素敵な座り心地でしょう。気品高い、王宮の香りが身に染みますわ」しばらくうっとりすると、そのまま盤外へ降りていった。次に動いたのは角だった。「歩」の隙間を縫ってこちらも二手でたどり着いた。

「うわ、めっちゃ気持ちええやん、ここ。いつかは俺も絶対ここに座るって決めたわ」そう言って、満足げに去っていった。金と銀は歯を食いしばりながら、一歩ずつ玉座に向かって進んでいった。

「大丈夫だよ金、僕たちもいつかはたどり着けるから」

「そうだな、一歩ずつだが確実にな」

 その時、二人……いや二駒の横を凄まじい速さで通り抜ける駒がいた。

「あいつ! 死に急ぐ気か!」

 ひたすらまっすぐ突き進み、そのまま盤の外へ落ちた。猪突猛進、香車だった。

「くそ、冷静になればあいつだってまだチャンスはあったのに。成りさえすれば……」

「あまいよ金。本番なら確かに敵陣で成ることができる。でも今はオフ、敵陣も何もないから、成ることは出来ないんだ」

 もう一つ、うずうずしている駒がいた、もう片方の香車だった。

「おい死に急ぐな、きっと何か方法はある」

 すると香車は薄ら笑いを浮かべた。

「おいらには秘策があるんよ」

 はて、と首を傾げる金と銀。

「ラベル、って知ってっか? おいらみたいな底辺の駒が祈りを捧げると、運が良ければ自分以外の駒に変われるんだ……あ、きた」

 するとみるみるうちに香車は光で包まれた。光が止むと、そこには飛車のラベルが貼られた駒がいた。

「そいじゃ……いや、それではお先に行ってきますわ、おほほほほ」

 そう言いながら、華麗な足捌きでわずか二手で玉座へ着いた。金と銀が唖然としていると、他にも一つの「歩」が同様に角のラベルが貼られ、そのまま一気に玉座へ辿り着いた。それをみてうずうずし始めた金。

「なあ金、まさか君もラベルしようと思ってないよね」

「……銀、すまねえ、俺はこのままじゃ我慢できない。早くたどり着きたいんだ」

「金、君は自分らしさを忘れたの? 一歩一歩着実に、それが君のスタイルでしょ?」

 金は祈り始めた。全神経を集中し、周りの風景が全く見えなくなるほど祈った。しかしいくら祈っても金に変化の兆しはなかった。

「だめだ、俺にはラベルは出来ないみたいだ。お前の言う通り、一歩ずつ行こう」

 銀はそれを聞いて、暖かく頷いた。やがて二駒は玉座まであと数手のマスまできた。

「おお、見てみろよ」

 真ん中からスタートした「歩」がちょうど玉座にたどり着いたところだった。

「ふわぁ、頑張った甲斐がありましたわぁ」

 歩はしばらく玉座で王の気分を味わった。その他多くの「歩」がその栄光を横目で見ながら、そのまま盤外へ落ちていった。真ん中の「歩」以外はただ直進し、落ちる運命だったのだ。中には同胞の輝きに涙を流しながら落ちていくものもいた。「歩ばんざーい」と叫びながら。

 いよいよその時が来た。金と銀が玉座まであと一手となったのだ。

「ここまで長かったな、諦めなければ辿り着けるって本当だったね。金、さあ行きなよ」

「何言ってるんだ、ここまで来れたのはお前のおかげだ。先に行け」

 譲り合いの結果、銀が先に玉座に乗ることになった。

「うわぁ、ここからの景色、最高だよ。ここまで頑張ってきて本当によかったな」

 そう言いながら、銀は盤外で降りていった。金は玉座を目の前にまさに感無量だった。さあいざ玉座へ、その時だった。体に異変を感じ始めたのだ。

「まさか……このタイミングで?」

 金が光り始めた。まばゆいばかりのその光が止んだ時、金に一枚のラベルが貼られた。

「なんだ、これは?」

 よくわからず、金が進もうとしたその時、その体いや駒は玉座のマスの遥か上空を大きく飛び越え、そのまま盤外へと落ちていった。落ちゆく残像に貼られていたラベル、それは空翔ける天馬「桂」だった。

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