テーマ:忘れ物 忘れ物を探しています

 その看板は、空き地の真ん中にぽつんと立っていた。それはまるで賑やかな駅前通りの喧騒を、ただただじっと見守っているように。

 空き地は背の高いビルに囲まれていた。よく見ると雑草もうっすらと生えている。その真ん中に立つ白い看板、私はそこに書かれている文字が気になって仕方なかった。

 遠くからかろうじて読めるのは「忘れ物」という文字だった。それ以降の文字は小さすぎて読めない。一体何が書いてあるのだろう、「売地」だったそう書けばいいし、「ポイ捨て禁止」であってももっと大きく書かなければ意味がない。

私はその看板の文字を見に行こうか行くまいか悩んでいた。そもそも空き地の真ん中に立っているその看板を見るために中に入って、「立ち入り禁止」などとあった時には、その恥ずかしさったらありゃしない。見ている通行人だってたくさんいる。

 ただ、続きの文字がどうしても気になった私は勇気を出してその空き地に踏み込んだ。もう日も暮れ始めて辺りはよく見えない、足元に気をつけながらゆっくり進む。下の雑草を踏む音がざっざっと鳴った。土の感触は思ったよりも固い。

 私が徐々に看板に近づいていくと、段々とその文字が読めるようになってきた。恐る恐るその文字に目をやると、そこにはこう書かれていた。


『私は忘れ物を探しています。この看板を立てた私は今とても困っています。なぜなら私の記憶は五分しか持ちません。やったこと、出会った事、みんな五分後には私の記憶から消えてしまいます。ですから私は思った事、感じた事をなるべく書くようにしています。私は忘れ物を探しています。つまり私がこんなことをしていることも5分後には忘れてしまうのです、でもそれを未来の私に気づいてもらいたいと思っています。もしこんなところに意味深な看板があれば、きっと私は再び通りかかった時に気になると思うんです、そしてこの看板を立てた事を思い出すと。だからこんなところに看板を立てました。未来の自分にこの言葉を気づいてもらえるようにと願いを込めて。どうか忘れ物が見つかりますように。相良誠治』

 と、最後は名前で締め括られていた。


 忘れ物を探しています、か。随分と面白いフレーズだ、とそんな事を考えながら私はその空き地を後にした。はたして忘れ物は見つかっただろうか、気づいてもらえるといいな、などと考えながらも私は何か大事なことを見落としているような、そんな感覚に陥った。最後に書かれた名前の相良誠治、そこに何か重要なことが隠されているような、そんな感じがしたのだ。はて、どこかで聞いたことがあるような……。私は胸ポケットから一枚の長方形の紙を取り出した、手のひらサイズに収まるそれを私は確認した。

 ああ、やっぱり。

 そこに書いてあった名前、それは「相良誠治」。私が持っている小さな紙は、自分の名前が書いてある名刺だった。

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