番外編:恐ろしい真実

※これは即興小説トレーニングで書いたものです。テーマ「恐ろしい真実」


「おい、そこのあんた」


 雨音に紛れ、そんな声が後ろから聞こえた。辺りは相変わらず、傘に打ち付ける雨粒がうるさい。私がさっと振り返ると、そこには紺のレインコートを目深くかぶった男が立っていた。男、と言ったのはその声からのあくまでの予測である。


「何でしょう?」


今の私に、誰かから話しかけられる理由もない、特に怯える必要もない。


「火、くんねえかな」


 そう言って、男はたばこを持つ仕草を見せた。私はふうとためいきをつくと、

「いいですよ、とりあえず、あそこ行きません?」

 そう言って、私は人影の少ない路地裏を指さした。男は黙ってうなずくと、私より先に歩き出した。


 カチッ、カチッ、カチ。3回目に火がついた。男は身をかがめて、タバコに火をつけると、一つぷは、と気持ち良さそうな煙を吐いた。

 私はあの日以来、タバコを吸うのをやめている。だから私にとってライターはすでに無用の長物だったが、そのまま入れっぱなしにしていたのだ。そのおかげでこんな見ず知らずの男に火を貸すことになったのは誤算だった。

 男の横顔は相変わらずコートに隠れて見えない、ずいぶんと遠慮のない男に見えた。

 こいつは敢えて私を選んだのだろうか? まさか、こいつがあのことを知っているはずがない。


「じゃあ、私はこれで」

「ちょっと待った」


 立ち去ろうとする私を制止する声、嫌な予感がした。全身の毛がぞわぞわっと毛羽立ち、心臓は激しく鼓動を打ち始めた。


「何でしょう、私は忙しいのですが——」

「分かってるんだよ、何もかも」


 ああ、やはり。そういうことか、こいつも私をゆすりに来たわけだ。


「何を、でしょうか?」

「しらばっくれるんじゃねえ。表は優しい上場企業の会社員、でも裏であんなことしてるなんてな」


 この手法でよくゆする人物がいると聞いたことがある。ただのブラフかもしれない。男の口元が緩むのが分かった。


「話が読めませんね、端的にお願いします」

「話もなんも、あんたが一番よく知ってるだろうがよ、自分のことなんだから。それともなんだ、俺が代わりに言ってやろうか?」


 私はただじっと先ほどから降りしきる雨粒を見やっていた。今のところ、人通りはない。やるなら今だ、こいつがあれを知っていたら今すぐこいつを殺す。イメージは常に出来ている、不意をついて後頭部に回れれば延髄方向に撃ち抜くことは容易い。サプレッサーがついているから音はしない。かなり熱がこもるが、すぐ冷えるだろう。そんな私の考えにお構いもせず、男は続けた。


「お前はもう楽になりたいはずだ。今まで複数の人を殺してきた、それもお前の快楽のためにだ。狙いは全て風俗嬢。生きている価値のない人間を殺すのがお前の楽しみだった。でもそれって、結局お前が臆病だってことだよな。お前はお前より価値のある人間を殺すのが怖いんだから」

「あんた……警察か?」

「警察は必死でお前を探したよ、でも結局お前には辿りつかず、ここまできた。犯人は塗装業者の50代男性ということになり、そいつは5年前に事故で死んだ。これで事件は終わったことになっている」


 こいつ、ルポライターか何かか。私しか知り得ない相当深い真実まで知っているようだ、どちらにしろ生かしてはおけない。私はさっと拳銃を後頭部に突き付けた。男の頭がかすかに揺れた。


「おいおい、やんのかよ、お前が俺を作り出しておきながら、勝手だな。どうぞ、ご自由に」


 私はためらわずに、引き金を引いた。

 パーン。近くにいればその銃声が聞こえただろう。ただ、この大雨の中、その音を確認できたものは他にいなかっただろう。男はばたり、と倒れた。撃たれたことすら分からないくらい、即死だった。



 翌日小さなニュースが流れた。

 都内で有数の歓楽街、その路地裏で一人の男が死んでいたという内容だった。検死の結果、死因は銃で頭を撃ち抜かれたことによるものとのこと。監視カメラの情報によると、その路地裏の入り口は一つしかなく、そこに入って行った人物は一人しか確認出来なかったため、警察はそのとある上場企業の会社員による自殺として処理する方針としている。

 しかしなぜ一般人が銃を持っていたのか。不審に思った警察官の一人が念のため採取したDNAが、数年前の思わぬ事件とつながるかもしれないことは、まだ誰も知らなかった。

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