テーマ:帽子 その帽子は取らないでください

 あなたガルバの帽子みたいな人ネ。え、この意味を知らない? そうね、日本人だから仕方ないネ。ガルバの帽子はことわざヨ、「しぶとく賢く生きる」って事ネ。知らないんだったら教えるよ、この国の昔話をネ——。そう前置きをしてから、彼はガルバの帽子の由来を話し始めた。数年前、アジアと称されるとある有名な国に海外旅行に行ったときのことだった。


 千年以上昔のこと、この国を一人の皇帝が治めていた。その皇帝が何よりも欲しかったのは不老不死の薬。とある村でその薬を見つけたという話を聞き、皇帝はその者を連れてくるよう、使いの者に命じたのだった。

 しかし問題が起こった。

 命を受けた兵士が手ぶらで帰ってきたのだ。それを見て皇帝は激昂した。

「何故だ? 薬はどうした?」

「それが……その村に向かったのですが、その薬を持っているという者は、もう既に死んでいて、息子だけが家にいたのです」

 皇帝の怒りは火に油を注いだように燃え上がった。

「ええい、お前もその息子も皆殺しだ! 連れてこい!」

 そして連れてこられたのがガルバだった。

 ガルバは賢い青年だった。ただちに今の状況を理解し、自分はどうすべきかを考えた。今すぐ不老不死の薬など用意できるはずもない、かと言って相手は皇帝、謝って許されるような相手でもない。このままでは間違いなく自分は殺されるだろう。今自分が持っているのは頭に乗っている帽子だけ。これで一体何ができるだろうか? しばらく考えたあげく、ガルバは一つの大きな賭けに出た。


「板を一枚貸してください」


 ガルバは被っていた帽子をその板の上に置き、決してずれないよう上から手で押さえた。そのままゆっくりと、まるで満たされたコップを運ぶよう慎重に一歩ずつ、皇帝の前へと足を進めた。

「お前が息子か!」

 皇帝の凄みのある声色がその空間に響く。それでもガルバは全くひるむことなく、皇帝と対峙した。

「陛下、申し訳ございません。この世に二つしかない不老不死の薬、その一つはわたくしめが預かっておりました」

 ガルバの手は帽子を押さえたままだ。

「おお、それは良かった。早速見せてみよ」

 するとガルバは大きく首を振った。

「それはできません」

「何故だ?」

「不老不死の薬、それはこの中にいる金色の蝶でございます。もしこの帽子を開けるとたちまち蝶は逃げ出すでしょう。一旦逃げてしまうと捕まえるのは容易ではございません。それは数百人の屈強な者が揃っても数百年かかると言われております。この蝶をご覧になるのはそれなりの準備をされてからがよろしいかと存じます」

 皇帝はいぶかしげにひげをしごいた。

「ほう、ではそれの効果を証明する術はあるのか?」

 ガルバは強く頷いた。

「はい、金色の蝶は二匹ございます。もう一匹の居場所はここでございます」

 そう言って、自分の腹を指差した。

「私の腹の中です。この金色の蝶が不老不死の命を与えるのか、それは私が今後も生き続けていることが証でございます」

「ほう、分かった。ではそなたが死んだらこの話は嘘だったということだな」

 ガルバは左様でございます、と首をたれた。

「よろしい、ではこの者を城において今後も注意深く観察せよ」

 こうしてガルバは首を狩られることを逃れただけでなく、城での豪勢な生活を手にいれたのだった。数年後、戦乱の世はこの皇帝にも例外なく牙を剥き、新たな勢力によってこの皇帝は失脚した。金色の蝶が本物だったのか、ガルバがその後どうなったのか、それはもう誰にも分からない。


 ね、分かったでしょ? ガルバの帽子。え? でもガルバ嘘つきだって? そんな蝶いないのにいるって言ったって? いやいや、そんなことないヨ。ガルバのお腹には金色の蝶が本当にいたヨ? なら今彼はどうしてるかって? それは……ここだけの話ヨ? 誰にも言わないでネ? 実はこのワタシがそのガルバだからヨ! あれー、その顔信じてナイネー、本当だって、信じてよー、はははは……。

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