短編集 ５分で読めるお話たち

テーマ：霊 除霊始めました

『除霊始めました』

　冷やし中華じゃあるまいし。そのふざけた看板に誘われ、気づけば私はその店の前に立っていた。店の名は「除霊屋」、自動ドアが開くとからん、と鈴の音が鳴った。「らっしゃい！」という掛け声と同時に、受付にいた頭の薄い中年男性がにこっ、と私を見た。と思ったらすぐ、なんだというふうに脱力した。

「どうぞ、こちらへ」

　私はそのまま、引かれた椅子に腰掛けた。この態度の変わりようは何だろうか、これでも私はお客だぞ、そんな私の表情を見透かしたかのように、男性が口を開いた。

「あなた、普通の除霊依頼のお客じゃありませんね。おそらく表の看板を見て、そんなこと可能なのか、客入りはあるのか、そんな冷やかし半分でいらっしゃった、違います？」

「わかるんですか？」

「もちろん、うちは『除霊屋』ですから」

　除霊屋ですから、の意味は今一つ理解できなかったが、そんな私の気持ちにお構いなく、男はさっと名刺を取り出した。それを机にポンと置くと、すう、と私の方へ進めた。

「申し遅れました、除霊師の加藤と言います」

　ちなみに『除霊始めました』ってのはキャッチコピーね、もう２０年になります、と独り言のように呟いてから、煙草に火をつけた。そのまま、ぷは、と息を吐いた。

「いますよ、お客。ちゃんとね」

　そう言って加藤は棚から分厚いファイルを取り出した。表には顧客リストと書いてある。

「ええと最近はね、道を歩けば鉄骨に当たる人、三回結婚した妻が全員浮気する人、担当患者が必ず半年以内に死ぬ医者など。みんな必死に除霊依頼に来ますよ、それなりに値が張ってもね」

　壁のメニュー表を見た。お試し除霊コース二千円から始まり、一年間有効除霊コース、永久除霊コース。透視のみコース、オプションアロマ除霊コース、ボランティア成仏コースという意味のわからないものまであった。

　受付に女性を雇うお金もあるところからも、それなりにビジネスは成功しているようだ。

「でもね、正直言いますけど、本当はそんな人たちに霊なんて憑いていませんよ。にもかかわらず、私が除霊したふりをすると『おかげで悪霊が取れました！』って喜ぶんです。私、なんにもしてないのにね」

　そう言いながらにやりと笑うと、その奥歯がきらり、と詰め物で光った。

「でも、もしそれで効かなかったら？」

「大丈夫ですよ、その時やっと気付くんです。これは霊のせいじゃない、自分のせいだって」

　はっはっはっ、と笑ってから最後にげほげほと咳き込んだ。とんだ詐欺まがいの商法だ。まあお互い納得の上ならそれでもいいのか。

「ただね、中には本物もいるんです。この前来たのはおじいちゃんがちゃんと天国に行けましたか、っていうお孫さん。見てみるとちゃんとまだ横にいましたよ、おじいさん」

　さっきの話のすぐ後だ、私にはその話が拙劣な作り話に聞こえた。

「ところがそのじいさん、私が除霊の準備始めると、横でこうするんです。やめてーって」

　加藤はジェスチャーでばってんを作った。

「悩んだんですけど、除霊のふりだけにしました。どうせ誰もわからないし、じいさんはまだ孫の側にいたいのだろうし。まあみんな納得するならこれでいいかなって。お孫さんには『安心してください、たった今おじいさんは天国へ行きました』って言いました。もちろん除霊料はいただきませんでしたが」

　加藤のその真剣な眼差しが逆に滑稽だった。

「除霊って。出来るんですか、そんなこと」

「もちろん、うちは『除霊屋』ですから」

　この男、誠実さこそ無いが、思わず納得させられてしまう話し方というか、テンポがある。こうやってたくさんの人がだまされ、いや納得させられていったのだろう。

「あなた、信じてないような顔してますね」

　私は顔に出やすい。どうやらこっちの考えは筒抜けのようだ。

「いえ、信じますよ。私は」

　私は一つ、息をついた。

「だって、あなたには私の存在が『見えて』いるんですから」

　加藤はソファに深く腰掛け、何度か頷いた。

「で、どうします？　希望があれば私はやりますよ、うちは『除霊屋』ですから。まあ、あなたはもうこの世にいないわけだから、必然的にボランティア成仏コースになりますけど。霊からはお金取りませんよ、さすがにね」

　私も正直どうしたらいいのかわからない。ただきっと地縛霊としてこの世に漂っているよりは、いるべき所に行くべきなんだろう、とぼんやりとそんなことを考えていた。

「ボランティア成仏コース、お願いします」

　ほーい、と加藤は軽い返事をしてから、受付の女性に「ミキちゃん、成仏セット持ってきて」と乱暴に伝えた。