第6話 秀太郎号泣する

 秀太郎は、時代劇が好きだ。大体、1日中、仏間の籐椅子に座っテレビを見ていることが多いのだが、最近「水戸黄門」が夕方に再放送がされるようになって、毎日欠かさず見ている。


 「水戸黄門」というのは、将軍の次くらいに偉い黄門さまがお忍びで、全国各地を、助さん、角さん、八兵衛らお供を連れて、旅をしながら、悪い奴を懲らしめる勧善懲悪の物語である。最後必ず、悪人と黄門さま一行との戦いになり、そこで、助さんか角さんか忘れたけど、どちらかが印籠を出し、身分を明かし、悪い奴らはへへ~と黄門さまの前にひれふすという物語だ。

 

 水戸黄門はパターンがはっきりしている。大体ドラマがはじまってから、CMも入れて45分後に「控えおろう」とあの印籠いんろうを出して、ははぁ~と皆が恐れ入って頭を地面にすりつけて土下座をする。

 

 その瞬間、秀太郎は号泣する。初め、大学生の保は、たまたま暇だったし、何となくものめずらしくて、一緒に見ていたのだが、びっくりした。一体、この話のどこにそこまで泣くほどの何があるのか不思議でならない。

 

 でも、秀太郎は毎日、このシーンで号泣する。手には号泣用に白いタオルを持っている。この瞬間が秀太郎の泣くらしい。

 

 普段、人前で涙など見せない秀太郎が、あまりに無防備に泣いているのに驚いて、この秀太郎ののことを、両親や泉に話したら、みんな知っていて、

「『水戸黄門』だけじゃなくて、高校野球見て号泣してたの見たことあるで」

「天皇陛下のニュースとかで号泣してたの見たことあるでえ」

と新しい情報がわかった。

 そうか、秀太郎は保の知らないところでも結構泣いていたのだなあとあらためて、驚いた。

 とはいえ、秀太郎の号泣のは、一般人とはちょっと違うかもしれない。

 普段はむっとして、いつも口がへの字に曲がっている秀太郎が、タオル片手においおい泣いているのはなんだかおかしくて笑ってしまう。鬼の目にも涙である

 保は、大学で友達に「うちのじいちゃん、水戸黄門見て泣くんだよね~。それも、号泣。声上げてタオルで涙拭きながら泣いとる」と言ったら、

「ドラマで泣けるなんておもしろいじいちゃんだな。『フランダースの犬』なんか見ても泣くのかな?」と言ってきた。

「いや『フランダースの犬』では泣かんと思う。それはじいちゃんのじゃないと思うけえ」と答えると、

「ふうん、そっかー。それにしても、感性が豊かなじいちゃんだな。いい持ってんじゃん」と言われた。

 普段は頑固一徹、どケチで、いろいろ困ったことも多いじいちゃんだけど、「感性が豊か」と言われるとは、驚きだ。93才で、泣くツボを持っているってすごいことなんじゃないだろうか。

 保は、秀太郎の泣きのを極めるべく、最近も、ときどき仏間をのぞいて、秀太郎の様子をうかがっている。

  

 読んでいただきありがとうございました。

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