二章 消えてしまった居場所⑨
「そりゃ責められた方が楽だもんね」
弾かれたように顔を向けると、ラムさんが頬杖をつきながら片方の口角をつり上げて私を見ていた。
「ずっと後ろめたかったんでしょ? けど、自分が一番可愛くて守っていた」
そうだ。私は自分を守っていた。誰かが傷ついていても、自分が傷つかないならいいと知らん顔をしてきた。
「それなのにその子は、ショーコとは違って〝他人〟の心配をした。その違いが悔しくて惨めで、恥ずかしかったんじゃない? なんて自分は情けない愚かな人間なんだろうってさ」
「ラムちゃん、言いすぎ」
「だけど、そうでしょ? けどまあ、ショーコの言動を否定はしないよ。実際その子よりもショーコみたいな人の方が断然多いだろうし」
俯きそうになる私の顔にラムさんが手を添えて、持ち上げてくれた。
「ショーコ」
少しひんやりとしたその手は、私に冷静さを取り戻させてくれるみたいだった。
この話に耳を塞いではいけない。目を逸らしてはいけない。そんな風に言われている気がする。
「あんただって、気づいているんでしょ? 自分の間違いに」
そう、本当は最初から自分の間違いに気づいていた。でもずっと口に出せなくて、逃げていた。
「気づいているなら、やることはひとつなんじゃない?」
「ひとつ……?」
「勇気を出しな」
勇気を出す。小説や漫画、テレビの中でなら何度も見たことも聞いたこともある言葉。
それを面と向かって誰かに言われたのは初めてだった。
「立ち向かっていく勇気じゃないよ。……人の内側に触れる勇気」
人の内側に触れる――。
自分のことをわかってほしいくせに、相手のことをわかろうとしてこなかった私には、きっと一番足りないものだ。
「時には逃げたっていいよ。人に甘えたっていいんだよ。けどね、自分を責め続けるのはやめな。ショーコはまだ何度だって取り戻せる」
けれど、私は今まで大塚さんを傷つけていた。無視していた。それは消えない事実。彼女は私の憧れで仲よくなりたかったのに、彼女が悪くないことを知っていたのに、目を背けてなにもしなかった。今更どう取り戻せばいいのだろう。
「それにさ、世の中には弱さを隠すことが上手な人間だっているんだよ。それに自分で気づけなくて、次第に潰れてしまう……」
大塚さんもそうなのだろうか。なにをされても泣く姿を見せたり、学校を休むこともなかった。まったく弱さを見せなかった彼女は、その本心を実は必死に隠していたのかもしれない。
「人の内側に触れて、他人のことを理解していくのは大事なことだよ」
ラムさんの言葉が胸の奥底で脈打つ。私が内側を晒け出したことによって、ラムさんたちは私の気持ちを理解してくれた。
「あんたさ、人との間に見えづらい距離があるっていうか……分厚いガラスみたいなもんがあるよな」
皐月くんの鋭い指摘に息を飲んだ。彼の言う通り、私は本音を知られて拒絶されるのが怖くて、無意識に人と距離を置いて接してしまっていた。
「おっ、皐月ってば、ショーコのこと案外見てるんだぁ? やるぅ」
「ラムさん、うるさいしうざい」
同じグループの彼女たちと仲がよかったときも、打ち解けていたのかと言えば微妙なところだ。わかってほしいなんて思っておいて矛盾しているけれど、家での悩みごとも一切話したことがない。知られることに抵抗があった。
「そいつらに自分の思っていること、ちゃんと言ったことあんの?」
皐月くんの質問がぐさりと胸に突き刺さり、その痛みから逃れるように頬の内側を噛む。
自分の思っていることを正直に話したら、いじめられる側になってしまうのではないかって心のどこかで恐れていた。だから大塚さんのいじめについてもなにも言えなかったんだ。
「誰かにこのこと相談した?」
きっと皐月くんも、ラムさんたちも私の答えを聞かなくたってわかっていると思う。けれど、その質問にちゃんと答えなければいけない気がして、噛みしめていた頬の内側を解放して息を吐くように小さな声を出した。
「ううん……誰にも」
頬の内側の痛みに混じって、血の味が滲む。強く噛みすぎてしまったみたいだ。
皐月くんが少し呆れたようにため息を漏らして、苦々しく言葉を吐き出す。
「寂しいなら寂しいって言えばいいし、辛いなら辛いって言えばいいだろ。言わないと誰も気づけない」
「けどっ、……言える相手が、いない」
家族にも言えないし、そもそも知られたくないのだ。小学校や中学校のときの友人とも今は疎遠で、彼女たち以外に親しい人はいなかった。身体的にいじめられているわけではなく無視されているだけだから、先生にも相談しづらい。
思い浮かべても、話を聞いてもらいたい相手がいないのだ。これまで自分が、薄っぺらい人間関係しか築いてこなかったのだと痛感する。
中学生の頃、私は仲のよい三人グループにいた。当時は人に合わせるよりも、自分の意見を持っていた方がいいのだと思っていた。
けれど二人に言われたのは、〝祥子って冷たい〟。
彼女たちがほしがっていたものは、同調だった。恋愛相談にも、好きな芸能人の話題にも、家での不満にも、明確な答えや意見なんて求めていなくて、気持ちを理解して同調する言葉を必要としていたのだ。
『祥子の言ってることって正しいのかもしれないけど……傷つく』
『わかる。もうちょっとこっちに合わせてほしい。てか祥子って私たちといて楽しい?』
二人の発言は、鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。相談に対して真剣に悩んで出したつもりの言葉は、彼女たちをただ傷つけていただけだと知り、私は自分の言葉が怖くなった。
気まずそうに顔を見合わせていた友達の表情が、いまだに頭から離れない。きっとずっと二人は私の発言に我慢していたのだろう。
その後、謝罪して仲直りはしたけれど、少しずつその子たちとは距離ができて疎遠になっていった。
自分の意見で誰かを傷つけることがあるのだと知り、それ以降私は思っていることを言うのが極端に怖くなった。
言いたくても言わない方がいいことはたくさんある。言葉ってそんなに簡単な軽いものではない。寂しいとか苦しいとか、助けてという言葉は重たすぎて、伝えたところで相手にとって迷惑になるかもしれない。
だから私は、自分の気持ちを我慢した方が周りとうまくやれると思っていた。
「じゃあ、俺らにすれば」
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