クグツさんと傀儡政権

鎌倉

第1話 初恋ミルクボーイ

 一年生になったら友達100人できるかな、という有名なフレーズがあるが、藤原凪沙は、友人の多さで右に出るものはいないくらい顔が広い。学年あたり1000人、生徒総数3000人を誇るマンモス校である流森高校において、学科や学年の別なくほぼ全員と友達になっているらしい。

 そんな彼女のことなので、一年生ながら6月にあった生徒会選挙に出馬するや否や、ほとんどの票を一人で集めて見事副会長に当選してしまった。

 ──副会長に、である。

 なら生徒会長は誰なんだ、ということになるのだけれど、本校の生徒会選挙はアメリカ大統領選挙と同じチケット制。すなわち、彼女と組んで生徒会長に当選した人間がいるわけで。


 その馬の骨が、外でもない僕、久々津政雄だった。



「いきなりですけど」

 生徒会室で書類仕事をしていると、藤原凪沙が話しかけてくる。

「私の友達、校内に好きな人がいるらしいんですけど」

「ふーん、そーなの」

 他人の色恋沙汰ほど興味のないこともない。凪沙の友達ということは、要するにこの学校の誰か、という以上の情報をもたらさないのだ。知り合いの話ならまだしも、僕の知らない誰かの恋バナをされても困る。

「その名前をちょっと忘れたらしくて」

「好きな人の名前忘れるってどうなってんのそれ、最近流行の漫才ネタじゃん」

 お、ちょっと食いつきましたね、と言いながら、凪沙は話を続ける。

「で、まあ色々特徴とか聞いたんですけど、全然分からなかったんですよね」

「分からないの? 『全校生徒みんなが友達』みたいな藤原が?」

「その評価はまあ嬉しいですけど、流石にわからないこともありますよー」

 顔が広くても、人探しで困ることもあるのか、と思いながら、とりあえず話を聞く。

「まあ折角なので、その特徴というのを聞いてくださいよ。もしかしたらクグツさんも知っている人かもしれないですし」

「いやー役に立たないでしょ、絶対」

「まあそう言わず。書類仕事のBGMだと思ってくれればと」



「僕じゃん、その特徴はもう完全に僕じゃん」

「自意識過剰では?」

 凪沙が即答する。

「ち、超辛辣……」

 ここまでの経緯を省略すれば、僕が多くの思春期男子高校生の御多分に漏れず、「もしかして俺に気があるんじゃね?」的な悲しい妄想に囚われているだけのように思われるだろうけれど、凪沙から伝え聞く人物の特徴は、紛れもなく僕だった。

「いやどう考えても、この学校の生徒会役員、1年生、昼食以外はコーンフレークばかりの偏食家、僕じゃん」

「まあ私も最初はそう思ったんですけど、でもおかしくありません?」

「え、何が?」

「そもそもクグツさんはこの学校の生徒会長ですよ。わざわざ生徒会役員っていう言い方をしなくても、普通に生徒会長と言えばいいはずです」

「あー、なるほど」

 確かに、そこまで分かっておいて名前を忘れたというのも不自然だ。名前を忘れるだけの充分な理由はあるはずなのだ。まあ僕が名前を忘れられる程度の人望しか持ち合わせていないという可能性はあるのだが。

「……一応聞いておくけど、僕の名前は?」

「え? 久々津政権では?」

「言うと思ったよ! 悪かったな、藤原の傀儡政権で!」

 悲しいかな、僕の名前は間違えられやすいのである。噂によると、数少ない僕に入れられたほとんどが誤字票だったらしい。

「それにですよ」

 凪沙が続ける。

「仮にクグツさんのことだったとして、どうしてクグツさんがコーンフレークジャンキーだという情報を、彼女は知っていたんでしょうか」

 言われてみれば、である。僕とて友達と帰り道に買い食いをしたことくらいあるし、昼にぼっち飯というわけではないのだ。僕の好物が自ずと知られてもおかしくは無い。けれども、朝晩にしか食べない好物について知られているとなると、これは変だ。

「え、でもなんで藤原は僕がコーンフレーク好きって知ってんの」

「夏に生徒会合宿で言ってませんでした?」

 そうだっけ、と呟いて、僕は凪沙に他の特徴を語るよう促した。


「その人、寮生活してるらしいんですよね」

「じゃあ僕じゃないな、うん。僕電車通学だし」

「でしょう。遅くまで学校に残って活動しているらしいので、寮生だろうって」

 ちょっとガッカリではあったけれど、無駄な期待をせずに済んだので、とりあえずよしとする。すると、凪沙がニヤリとしながら口を開いた。

「あ、でも、もしかしたらクグツさんじゃないかなって思ったこともあるんですよ」

「え、何よ」

「その人、日差しに弱いらしくて。男子なのに綺麗な肌しているそうで」

「あー、じゃあ僕かもしれない。いやもう寮生の時点で僕じゃないから別にいいんだけど。そもそもここまで男子って確定してなかったけど、変な叙述トリックじゃなくてよかった」

「まあ仮にその子が同性愛者だったとして、それを私が言ってしまうのはアウティングになってしまうので、流石にないですよ」

 凪沙さん、配慮が行き届いているようで流石である。できれば僕にも同程度の配慮が欲しかった。

「他になんかないの、ヒント」

「モノに例えると、潤滑油、みたいな人らしいです」

「就活生の自己PRじゃん」

「そのツッコミが高校生のクグツさんから出るとは思いませんでした」

「そもそも潤滑油みたいな人間どんなだよ。絶対僕じゃないわ。コミュ力高くないし。ホントさっき僕じゃんとか言ってたのが恥ずかしくなってきた」

「ようやく遅効性の毒が効いてきたんですね」

「超即効性の毒だっただろ」

 初手に特大パンチを撃ったことは何処へやら。

「あとはその人に出会った時の話らしいんですけど、一目惚れだったみたいで」

「あー、そういうのね。もう単純な他人の恋バナとして聞いてるから一応聞いておく」

「この学校の受験日に、その人と手が触れちゃった時にビビビッてきたみたいで」

「静電気じゃん、手と手が触れ合って静電気でバチってきただけじゃん」

「これは初恋だーって思っちゃったみたいで。入学時に再会できた時にはとても嬉しかったそうです」

「そこまでしておいて名前忘れてるとか絶対ウソでしょ……」

「あとは、鈍感なアホの子みたいです」

 そう言って凪沙は、机の上の書類を片付け始めた。夜遅く、書類仕事もちょうど終わったところで、僕らは帰る準備をする。



 まあいい暇つぶしにはなったかな、結局、漫才のネタと同じく、答えがコーンフレークじゃなくてなんだったのかわからなかったけれど。そうぼやいていると、凪沙がボソッと口を開く。

「まあ、恋バナで、『これは友達の話なんだけど』から始まる話は、大抵本人の話ってことですよ」



 愚かにも一日凪沙の手の平の上で踊らされ、彼女のお気に入りだったらしい操り人形は、生徒会室の前で一人ぼうっと立っていた。

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