愛ゆえに

「ん?」


目を覚まし、体を起こした猛は、周りを見回す。


「うそ」


枕元のデジタル時計を見ると、既に一ヶ月以上経っていたことを知り、愕然とする。


目を覚ますまでの間が全く思い出せない。何か大事な事があったような気がするが、思い出せないならそこまでじゃないのかな、と思い、そのまま布団に入り直した。


そんな次の日、目を覚ましたことを医者から両親に連絡がいき、両親に泣かれたりしつつ、診断を受け、特に体に異変はないが、安全のために1週間の入院となり、更に3日。


夜の病院は静かだ。不気味なほど静かで、時折看護士の足音が聞こえる。


何もすることはなく、ボーッと時間だけが過ぎていき、天井を見上げていた。


その時思い出すのは美月の事。もう関わることはない。あの時彼女から逃げ、関わる権利を失ったのだから。


そんな時、スマホが震える。


普段ゲームの通知くらいでしかスマホが震えることはないので、何気なくそれを取る。


そこにあったのは、


「美月?」


突然の名前に、猛は息が詰まりそうになったが、呼吸を整え、画面を開く。


そこにあったのは、


【たすけて】


たったそれだけ。たったそれだけなのに、猛はベットから跳ね起き、病衣に裸足のままで飛び出した。


運良く看護士には見つからず、病院を飛び出すと走り出す。


足の裏が痛み、肺が破れそうだ。だがそれでも、猛は歯を食いしばって走り続ける。


途中で転び、膝を擦りむくが、立ち上がって走り出す。何かが言っている。止まるなと。走り続けろと。


「可笑しいですね。記憶はないはずなのに」


それを見ていたクルルーラは首を傾げつつ、後を追った。
































一方その頃。


レイジに連れられ、美月は街を歩く。


夢を見ていたような感覚と共に目覚めた美月だったが、先程レイジから呼び出され、街に出てきた。


嫌だった。逃げ出したかった。だが逃げ道はない。なのに、何故か猛に一言だけメッセージを送ってしまった。理由は分からないが、送らなければいけないと思った。


でも既読だけ付き、返事はない。当たり前だ。


誰も助けになんて来ない。そう思ってた時、


「美月!」

「っ!」


人混みの中、確かに聞こえた声に振り返ると、


病衣のまま汗だらけの猛が見え、


「猛!」

「あ?」


美月はレイジを振り払い、猛の元に走り出す。


「おい!」


レイジは美月を掴もうとするが、その前に腕を掴まれ止められた。


「白馬の王子様、っていうのはちとカッコつかねぇが、邪魔すんじゃねぇよ」

「あ、あんたは」


レイジは目の前の少女に見覚えがある。


「乾藤先輩?」


乾藤 空。3年の先輩で、黒い噂が絶えない人。学校で喧嘩を売ってはいけない奴ベスト3に入る人だ。しかし、


「は、離せよ!」


腕を振って離させると、空を見る。


自分より小柄で女だ。今までどんな女も少し叩いてやれば大人しくなった。だったら、


「しねぇ!」


レイジは拳を振り上げ、空に襲いかかる。だが、


「あ、が……」


そのまま地面に崩れ落ちた。何が起きたのかわからないが、腹部に走る激痛が、殴られたというのを告げる。だが周りの通行人は、何が起きたのか分かっていない。傍目には、突然レイジが崩れ落ちたように見えたのだ。


「乾藤流古武術・攻邀こうようていってな。攻撃を迎え入れるって意味だ。因みに邀ってこう書くんだぜ」


しゃがみ込み、空はレイジに話しかける。


「中身は単純。人間は誰しも攻撃しようとする時、力を込めるために溜めを作る。その溜めの瞬間に最短最速の一撃を叩き込むだけ。溜めの瞬間ってのは意識も攻撃一辺倒だからな。そこに攻撃を入れられると目茶苦茶効くんだ」


まぁ一般人には何が起きたか分からねぇだろうがな。そう言いながら、空はレイジの顔を覗き込む。


「分かるか?アタシがその気なら、お前をぶっ殺すくらい造作もない」

「っ!」


全身を締め上げる、空の殺気に、レイジは全身から汗が噴き出す。


「二度とあの二人に近づくな。そして二度とふざけた真似をするな。もし守れなければ」


空の冷たい視線。レイジにはわかる。この女は、人を殺すのを脅しではなく、実際に行えるタイプだと。


「分かるよな?」


コクコクとレイジが頷く。そこに、


「何をしている!」


警察がやってきた。誰かが通報したのだろう。日本の警察は優秀だ。


「お前はっ!」

「どうも」


空は振り返りながら、来た警察を見ると、知り合いだったのか会釈し、


「襲われたんだけどなんか倒れちゃったんですよ」

「それ信じろと?」

「だってそうですし」


チッと警察はレイジの元に行き、


「とにかく事情を聞かせてもらうからな」

「勿論」


空は抵抗せず、レイジを連れた警察についていく。


「い、良いんですか?」


人混みから外れた路地裏から覗く来るルーラと美矢だが、


「後で顧問弁護士に連絡を入れますわ。まぁ空さんは慣れっ子でしょうし」

「何なんですかあの人」


それよりも、と美矢がクルルーラに言うと、彼女は頷き、


「大丈夫です。ちゃんと加護を掛けておきましたから」


クルルーラが掛けたのは、美月のお腹の子供を別の家族に移す物。


「聞いてみるもんですわね」

「ちゃんと子供を願う人の元に転生させましたからね。これで美月さんも気が楽になるでしょう」


そんなやり取りをしつつ、美矢とクルルーラは歩き出す。


「それにしてもオルトバニアから戻ったのに、何で覚えていたんでしょう」

「覚えていたわけではなさそうでしたわ。ただ、本能的にでしょう」


余計に何でかわからない。そうクルルーラが言うと美矢は、


「強いて言うなら……愛ですかね」

「言ってて恥ずかしくありません?」


ちょっとだけ、クルルーラのツッコミに、美矢は遠い目をしながら、そう答えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る