第二章 逃亡者と幼馴染
幼馴染
勇誠とは物心が着いた頃から一緒だった。
厳密には生まれた日も一週違いで、母親同士も昔からの親友だったのもあり、物心が着く前から一緒に居させられていたらしい。
まぁ流石にその辺の記憶にはないが……
だからか幼稚園~小学校の間も常に一緒にいた。それぞれ同姓の友人もいたが、それでもよく一緒にいた。お陰でよくからかわれたのだが、お互い余り気にしない質だったので、変わらず一緒に登下校したり遊んだりしてた。
だがそんなのが気にくわない連中もいて、女で勇誠と比べて大人しかった私は苛めの対象にされたこともある。靴を隠されたり教科書を汚されたりする感じで、その事を勇誠に言って一緒に居ない方が良いなんて言われたら(今思えばそんなことを言うわけがないのだが)……と思うとなにも言えなかった。自分が我慢すれば良いと。だが、ある日それが判明した途端、勇誠はぶちキレて、苛めっ子達に飛び掛かり、自分が殴った分の5倍は多く殴られつつも、苛めっ子達に噛み付いて殴って蹴っ飛ばした挙げ句、相手を大泣きさせていたのを、今でもしっかり覚えている。
とは言え流石にそれは結構大きな騒ぎになったらしく、親まで呼ばれて大変だった……と言うのを知ったのは結構最近の話。しかしそれが結構大きな騒ぎで、勇誠が大変なことになったのは気づいてたので、火を改めて謝罪しにいくと、勇誠はにっこり笑い、
「別に良いよ。お前にあんな辛い顔させてた理由がわかって俺が怒っただけだし……でもこれでちゃんと笑えるな」
と言った。大変だったろうに、自分の心配より他人の……私の心配。これでもちゃんと隠してたつもりだったのだが、それは簡単に見抜かれていたらしい。
昔から勇誠はそういうところに聡い。そして困ってる相手を放っておけないタイプだ。因みにその辺のゴタゴタ後から勇誠は剣道を習い始めた。
なので、勇誠を異性として好きになるのは自然な流れだろう。その思いをはっきりと自覚したのは小学校から中学校に上がる時くらい。自覚がなかっただけできっとその前から。
だからと言って、二人の関係が大きく変化した訳じゃない。しかし、自分の気持ちを自覚してからは、今まで以上に勇誠にベッタリしていたと思う。まぁアイツは自分への好意に鈍いところがあるので、全く気づいてなかったようだが……
とは言えなにも起きなかった訳じゃない。いや、これは悪い意味でだ。
それは中学時代では空さんに。そして高校2年で刹樹さんや癒羅先輩に美矢先輩と出会ってしまったこと。
他の皆を様々な出来事や抱えていることがあり、それを勇誠と共に解決する過程で好意を抱いていった。
その当時家の事もあってイライラしていたのもあった。そして自分には勇誠しかいないと思っていたから嫉妬し、どす黒い感情が心中を覆い、その時に勇誠と多分人生で初の大喧嘩をしたが、紆余曲折を経て今皆と一緒にいる。正直他の皆も同じタイミングで告白し、挙げ句の果て勇誠が全員とじゃ駄目か何て言い出した時は、頭が痛くなったものだが……
まぁ普通じゃないのは分かってるし、この関係が何かしらの切っ掛けで壊れるのも理解してた。母は笑ってたが父は今でも怒ってる。認めないぞそんな関係。そう言ってくる。
父の思いも分かる。と言うか普通の感性をしていたらそう思うのは自然だろう。それでも自分は後悔してない。
父には申し訳ないと思いつつも、嘘偽りのない感情だった。
だから今日も胸を張る。それが虚勢だったとしても、私が決めたことなのだから。
◆
「じゃあ行ってきます」
真美の朝は早い。起きると直ぐに制服に着替えて準備を済ませると、そのまま隣の勇誠の家に行く。
「いってらっしゃーい」
母に見送られ、魔実は行こうとすると、
「魔実」
「……なに?お父さん」
振り替えると、スーツに着替えた父が立っている。名は
だから母の再婚に納得がいかず、一時期母との関係もギスギスしてしまった。
だが勇誠と過ごす中で、母にも母の人生があること。いつまでも実の父に縛られていてはならないと言うことに気づき、今では新たな父をちゃんとお父さんと呼べる程度位には関係を構築できた。
元々優しく気遣いのできる人だ。こちらがちゃんと心を開けば、親子関係を構築していくのも難しくない。
「あいや……その、行ってらっしゃい」
「うん」
勇誠達との関係は今でも反対の気持ちが強いのだろう。
だがちゃんと勇誠に怒ってくれたと言う点では、ちょっと嬉しかったりした。普段起こらない人が、自分のために怒ってくれると言うのは、ちょっと頬が緩んだ。でも勇誠との関係を変えるつもりは毛頭ない。だからなにも言わずに送り出してくれるのはありがたかった。
「……はぁ」
「まだ悩んでるの?」
佑介がため息を吐くと、魔実の母が近くに来る。
「寧ろ普通に受け入れてる君の方がすごいよ」
「受け入れてる訳じゃないのよ。でもね、あの子はずっと良い子だったわ。私が仕事で忙しい時も家の事をやってサポートしてくれた。そんなあの子が私に反発したのは貴方との再婚の話をした時と、私達に勇誠君達との関係を打ち明けた時だけ。それを思ったらね、ちょっと見守っていたくなっただけよ」
そう言って優しげな笑みを浮かべる妻を見て、佑介は少し複雑そうな顔を浮かべるのだった。
◆
「フレイムショット!」
そんなことがあった日の夜(オルトバニアでは昼間だが)。勇誠達は次の街を目指して野原を抜けていたのだが……
「スライム多すぎでしょ!」
「確かに何処からでも沸いてくるなぁ」
勇誠がそう言うように、スライムはあちらこちらから這い出て来る。野原で拾った木の棒を振って発動させた、魔実のフレイムウォールで入ってこないようにし、フレイムショットで焼くことでどうにか凌いではいるが。
「しかしあちぃな」
「……」
空は襟をパタパタと仰いで涼を取り、刹樹に至っては無表情のまま汗をダラダラと滝のようの流していた。
「周りが火だもんねぇ」
「心頭滅却すればにも限度がありますもの……」
癒羅と美矢はそう言い合いながら互いに水筒を交換しながら飲む。
「だいじょーぶ?クルルルーラお姉ちゃん」
「フラメさん。ルが一個多いですよ?」
あれぇ?と変わらず元気そうなのはフラメとクルルーラ位である。
「元気ですねぇ」
「私達神候補生は暑かろうが寒かろうが関係ありませんからね。何時だって快適な状態なんですよ。まぁ流石に炎に直接さわると熱いですがね~」
勇誠のぼやきに、クルルーラは何とも羨ましい能力を教えていると、
「ねぇ!皆も手伝ってよぉ!」
「俺の剣じゃ分裂させて数増やすだけだし」
「私はスライムの触れないし」
「……」
「私まだ武器ないんだ。ごめんね」
「申し訳ありませんが、私も矢の本数が多いわけではないですし、普通の矢では余り効果がありませんので……」
肉体が強力な酸で構成されているスライムは、肉弾戦を得意とする空には相性が最悪で、勇誠も先日ガラージュから奪った剣があるが、先程出会った際に試し切りとぶった切った結果、分裂して襲い掛かってくるため、慌てて辞めたのだ。
他の面々も似たようなもの。まぁ美矢は魔弓士と言う能力で、呪文さえ分かればスライムに有効な矢が放てるのだが、魔実のものとは別の呪文が必要なため、戦闘面では役立てそうにない。
「何か策はないんですか?」
「正直、出てくるのが収まるまではここを動けませんし、一度転移で撤退した場合、再度ここに出ても安全かが確認できませんから……」
クルルーラさん羽が付いてるんだから空に出て確認できません?と勇誠が問うが、
「オルトバニアではこの羽は飾りですよ」
役に立たない……と思わず皆が思った次の瞬間!
「伏せてください!」
『っ!』
声が響き、咄嗟に勇誠はフラメを、空が魔実と刹樹で美矢が癒羅をそれぞれ伏せさせると同時に、何かが頭上を掠めていき、見ると周りのスライムを横に真っ二つにぶった切っていた。
更に断面から燃え上がり、スライムが焼かれていく。
「あっぶねぇ」
「大丈夫ですか!?」
勇誠がフラメと一緒に体を起こすと、目の前に眼鏡を掛けた肥満体型の男が、フウフウ言いながら走ってきた。
「えぇと……」
服装も大きいサイズがある服を選びましたと言わんばかりの軽装で、武器も一見あるように見えない。だが咄嗟に伏せるようにいった声音は、確かにあの男の声だった。
「あちち!えぇと……」
近くまで来た男は、魔実のフレイムウォールの近くまで来て止まる。それを見た魔実が、木の棒を振るとフレイムウォールが解除され、男が更に距離を詰めてきた。
その中空が静かに警戒し、何時でも飛び掛かれるようにしていると、
「は、初めまして!僕はタケルって言います。えぇと……もしかしてこちらに来たばかりの転生者の方ですか?」
「あ、あぁ。此方も初めまして。俺は鶴城 勇誠。この子はフラメであっちから順に、杖島 魔実・乾藤 空・暗夜 刹樹・白閖 癒羅・弓柄 美矢で……」
勇誠はそう言いつつ紹介を続け、最後にクルルーラの方を見ると、何やらしゃがみこんで後頭部の辺りを触っていた。
「クルルーラさん?どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもありませんよ!」
クルルーラは眼をひん剥きながらタケルに詰め寄り、
「ちょっとちょっと!どうしてくれるんですか!貴方のお陰で私の後頭部が剥げたじゃないですか!」
「え!?す、すいません!」
ギャーギャー騒ぐクルルーラに、タケルがペコペコと謝るが、
「剥げたって言っても、後頭部の辺りの髪の毛が、ちょっと短くなっただけじゃないですか」
「精々刈り上げって所ですね」
勇誠と魔実はため息を吐きながら、クルルーラをタケルから引き離し、勇誠は改めてタケルに向き直った。
「すいません。助けていただいたのに」
「い、いえ。此方も失礼しました」
タケルは勇誠に大丈夫だと言いつつ、こちらの顔を見てくる。
「あの、なにか顔についてます?」
「間違ってたら申し訳無いのですが、鶴城さんって
「え?」
突然自分が通っている高校名を出され、勇誠はポカンとしつつも先程のやり取りを思い出す。
このタケルは、こちらに勇誠達を来たばかりの転生者だと言った。つまり、
「もしかして?」
「は、はい!僕も東桜高校に通ってます!学年は一年です!」
後輩か、と皆で顔を見合わせつつ、
「俺ってそんなに有名?」
「滅茶苦茶有名です。昨年今まで県大会の出場すら殆どない剣道部を全国大会優勝に導き、沢山の女の子に囲まれてる女好きの人だと。それに杖島先輩や乾藤先輩も美人で知られてますし、暗夜先輩も綺麗な上に、体操部で活躍されてて知らない人はいませんよ!」
俺の所は後半貶してるよな?と勇誠は思いつつ、頬がひきつったような感覚を覚えたが、
「えぇと、とりあえずタケルさん?重ねてお礼を言わせてもらうよ。ありがとう」
「いえいえ!そんな対したことじゃ……と言うか普通に先輩なんですから敬語じゃなくて良いですよ」
タケルは勇誠に逆に頭を下げてしまう。そんなタケルに勇誠は苦笑いを浮かべていると、
「ひぃ……ふぅ……タケルさぁん。待ってくださーい」
声がしてその方を見ると、これまた恰幅の良い女性がドスドス音を立てながら走ってきた。
「あぁ!クルルーラちゃん!」
「あ!ウジャマルラ!?」
クルルーラは走ってきた人物とは顔見知りだったらしい。
するとウジャマルラと呼ばれた恰幅の良い少女はクルルーラに飛び付いた。
「クルルーラァアアアア!元気だったぁ!?」
「ぐぇええええええ!」
いきなり飛び付かれたクルルーラは、ドォン!と凄い音を立てながら、ウジャマルラに抱きつかれてそのまま倒れ、全身からベキベキという異音を発した。
「あら?」
「ぐ、え……」
ピクピクと泡を吹きながら痙攣を起こすクルルーラに、ウジャマルラは首を傾げて、
「クルルーラったら。こんなところで寝たら風邪を引くわよ?今の私たちは人間と殆ど変わらないんだから」
ペシペシと頬を叩いて起こそうとするが、完全に意識を失っているクルルーラはそんなことでは起きない。
「う、ウジャマルラさん。一旦退いてあげた方が……」
「あら、それもそうね」
ウジャマルラはタケルに言われ、クルルーラの上から一度退けた。
「おーい。クルルーラさん大丈夫~?」
「は、はひぃ……」
勇誠に強めに叩かれると、クルルーラ意識が若干戻ったらしく、ハニャホレヒレハレとふらつきつつも、何とか立ち上がる。
「えぇとですね、お分かりかと思われますが、彼女はウジャマルラ。私と同じ神候補生の者です」
「初めまして~。ウジャマルラと申します。こちらのクルルーラちゃんと同じく神候補生やってまーす。でもクルルーラちゃんなんか候補生多くない?」
「え?ま、まぁ私ってば天才だからこれくらい出来ちゃうんですよ。オホホホホホホホホホ!」
ギクッと固まったクルルーラだったが、素早く復帰して高笑い。と言うか笑って誤魔化している。しかし、
「すごーい!。流石クルルーラちゃん!凄い凄い!」
とウジャマルラはニコニコ笑いながら誉め称える。嘲笑はなく、心の底から凄いと思っているようだ。
何故クルルーラとウジャマルラが仲が良さげなのか……その理由の一端を見た気がしつつ勇誠はタケルを見て、
「取り敢えずじゃあタケル。何でここに?」
「あぁ、実は現在スライムが大量発生してましてね。こういう時はだいたいスライムキングって言うでっかいスライムが他の小さなスライムを引き連れているんですが、スライムキングを倒すと、その他のスライム達は散り散りに逃げ出すんですよ」
そこまで聞き、美矢は成程と頷いた。
「私達が襲われたのはその倒されて散り散りに逃げ出したスライム達だったと言うことですね?」
「はい。すいません。ちゃんと最初から全部倒しておけば良かったんですけど……」
口振りから察するに、恐らくそのスライムキングを倒したのも、このタケルだろう。さっきも纏めてスライムを切り裂いていたので、何かしらの能力ななろうが、淳と比べて随分穏やかな転生者である。
「皆さんはこの後どちらに?」
「取り敢えず近くの街に行くつもりだ」
勇誠はそう答えると、
「それならこの後、俺も街に帰るつもりなので、ご一緒に以下がですか?」
タケルにそう問われ、皆は顔を見合わせた。すると美矢は勇誠に、
「良いんではありませんか?」
「じゃあ……お願いしようかな」
その言葉を聞き、タケルはじゃあこっちです!と案内を始め、勇誠達はそれに黙ってついていくのだった。
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