守るべきもの
少し時間を戻し、空がギルド支部に乗り込んだ頃、美矢は街の裏路地を走っていた。
既に街の全貌は暗記した。人通りがなく、且つ最短のルートは既に美矢の頭の中にある。
この街は外側が石造りの壁で囲まれているが、街中の家自体は殆ど木造だ。
更にこうして多数の裏道が形成されるほど密集している状態。
美矢は考えていた。このまま街を出ても、ほぼ確実に自分達は追われる身になることを。ならどうするか?答えは一つだった。ここで終わらせるしかない。確実に全ての口を封じる必要がある。そう考え、美矢は必要なアイテムをいくつか、道中でくすねながら向かい、狙っていたポイントにたどり着く。
街を脱出し、オルトバニアから帰る直前、美矢は空とクルルーラにだけ声をかけ、現代で少し話していた。それはクルルーラにいくつかの質問。そして空への依頼だった。それを聞いたクルルーラは驚愕し、勿論止めたのだが最終的に強行することを決め、ここに来ている。
しなければ確実に、この世界に来れなくなってしまうからだ。
「ここ、そしてあそこ、最後にあそことあそこですわね」
軽く確認。実際美矢は、一度覚えたことを忘れない。忘れようと思えば結構あっさり忘れるのだが……
まぁそれはさておき、瞬間記憶能力とまではいかないが、記憶力はずば抜けて良い方だ。だから確認する必要はなく、どちらかというと、作戦前の深呼吸的な部分が強い。
そうこうしていると、街が騒がしくなってきて、ギルド支部方面が明るくなる。暫し見ていると火の手があがり、それと同時に街の人々が城方面に殺到し始めた。城は街の中心部にあり、ギルド支部も近くにある。そしてクルルーラから聞いたのだが、洗脳系の能力は掛けた者が死ぬと、解除されるらしい。恐らく洗脳が解けたのだろう。その光景を屋根に上がって見ていた美矢は、
「さて、行きますわよ」
と、静かに息を吸って吐き、下に降りると裏路地に降り立ち火を着ける。ここはごみが散乱していた。恐らく周りが住居に囲まれているため、微妙に死角になっている。その為ここには様々なゴミが捨てられており、生ゴミ等々もかなりの量になっていた。それに美矢は、ここに来る途中で空に忍び込んで店から盗んでもらった油を掛けて燃やす。するとあっという間に火は燃え上がり、家に燃え移る。
この地域は雨が時期のよっては余り降らず、実際今の時期は殆ど降らない。更に空気は乾燥しており、火がよく燃えた。
だがまだ終わりじゃない。と美矢は背を向けて走りだし、裏路地を掛けていく。無駄なく、人に会わずに最短の道を駆けた。
その先には、さっき火をつけたのと同じような場所になっており、美矢は同じような手順で火をつけて走り出す。
そしてまた同じような場所に行き、同じ事を何度も繰り返していく。その間に、火の手はどんどん大きくなり、あっという間に火はどんどん街を飲み込み始めた。
◆
「おい!ギルド支部が燃えてるぞ!」
「そんなの放っておけ!今は国王に話だ!」
皆血の気が立っていた。突然眠りから目覚め、今まで何であんなやつに大人しく従っていたのか不思議な気分だった。
中には恋人や妻を差し出したものもいたし、差し出された側も喜んでついていった。
だが今となっては何故そんなことをしたのかわからない。挙げ句あんな化け物みたいな女と戦わされ、今もベットの上から動けないものもいる。あの一行のことも許せないが、とにかく国王に話を……と住民が城の前に集まっていたのだが、
「お、おい……何で街まで燃えてるんだ?」
「は?」
ある男がそういい、皆が振り替えるとそこには街が燃え上がる光景が出来始めていた。
「な、なんでだ!?」
皆訳がわからずも、
「と、とにかく火を消すんだ!」
「あ、ああ!」
城に向かっていた住人達は慌てて道を戻っていく。しかし、
「計算通り……といえば良いのでしょうか」
仕事を終えた美矢は、街を囲う壁の上から街の様子を見ていた。
美矢が火をつけたポイントは幾つかあるが、それはあくまでも切っ掛けでしかない。
そこから火の手があがり、燃え広がっていくのが大事だ。
燃え広がっていくうちの一つに、薬屋が燃え、店内に保管されている火気厳禁の薬品が燃えて爆発。火の手がどんどん強まっていく。
この街は高い壁に囲まれた形状の街だ。そこで大火事が起きると、逃げ道がない。そうなると消火か、街の外に逃げるかだ。だが、美矢の計算によって燃え広がる速度が尋常じゃない為か、消火作業に勤しむ人間もいたが追い付いていない。と言うか、雨が余り降らない乾燥したこの街では、水が豊富なわけではない。その為消火に使う水も井戸からいちいち汲み上げているのも、消火が間に合わない要因だった。まぁそれも計算の内なのだが……
「美矢先輩」
「お疲れさま。空さん」
美矢の隣に、空が壁に立て掛けられた梯子から空が上がってきた。
「その梯子も回収お願いしますわ」
「はい」
空は梯子を持ち上げ、壁の外に立てる。壁に上がるための物なのだが、これ以外は美矢の手によって燃やす作業の序でに回収して着火の燃料にされている。
「これで良いですかね?」
「えぇ」
すると何人かが炎に包まれてきた街からの脱出を目指し、門に向かってきたのだが、
「なっ!閉じてやがる!」
「だったらこの開錠レバーを……って何で壊れてんだよ!」
既にそこも破壊済みだった。門は開錠レバーを操作することで開く仕組み。そのため本来であればそこを守る門番が外だけではなく中にもいるのだが、
「もういない……と」
空の呟き通り既に彼女の手によって殺されており、近くの草むらに置かれていた。
「た、助けてください!」
すると下の方から空達の存在に気づいた住人が叫ぶ。隣には衣服が乱れた女性が居り、美矢はその女性が薬草園で淳が連れていた女性の一人なのを覚えていた。だが、
「行きますわよ」
「了解」
「お、おい待ってくれよ!」
男性の叫びを無視し、空と美矢は順番に梯子から降りていく。その間にも、火は業火に代わり、門の方にも来ていた。
「おいさっきの人!何でいくんだよ!助けてくれよ!」
きっとさっきの男性は空達を襲ってきた集団にはいない。だが関係ない話だった。今回のは全てを消すための作戦。空達を知る知らないは関係ないのだった。
「あれ?竜巻?」
「火災旋風。メカニズムは分かってませんが広い範囲で火事が起きると炎の竜巻が起きることがあります。摂氏1000度にも及び、巻き込まれると気管支火傷による窒息死も多いんですのよ?」
ほぇ~と空は関心しつつ、街を離れていく。逃げ道はなく、火の手はどんどん上がっていき、街をほぼ完全に包み込んでいた。
見届けずとも、結末はわかってる。そう思いながら空と美矢は皆で元の世界に戻った地点に戻ると、
「あ、クルルーラさん」
「……」
空はクルルーラが立っているのを見つけ駆け寄ると、
「彼処までする必要があるんですか?」
「えぇ、必要ですわ」
美矢は間髪いれずに答え、
「気は進みませんが、この先もこの世界に来るには、手配が回るのは喜ばしいことではありませんわ。ならそれに必要な手は打ちますわ」
「街ひとつを燃やしてでもですか?」
クルルーラの問いかけに、美矢はクスリと笑い、
「えぇ、私にとって大事なのはあの街に住む人々ではなく、勇誠さん達ですもの」
そう言い、美矢はニコリと笑みを浮かべた。その笑みは、クルルーラの背筋を凍らせる。
「それじゃ失礼しますわ」
と、美矢は言いながら転移して消える。
「それじゃ帰りますか。手に着いた血が気持ち悪いんで」
「冷静なんですね」
ん?と空はクルルーラの言葉に首を傾げつつ、
「何がですか?」
「人を殺したんですよ?何でそんなに冷静なんですか!」
クルルーラは空に詰め寄るが、空は成程と頷き、
「初めてじゃないので」
「……は?」
「初めてじゃないんですよ。人殺すの」
空はそれだけ言い、それじゃあと言って転移して消える。
「……」
クルルーラは背筋に冷たいものが伝う感覚に襲われつつ、その場に立ち尽くす。
正直、最初は人数が増えてラッキーだと思っていたが、もしかしなくてもとんでもない人達を勇者にしてしまったのではないのか……そう自覚したのだが、それは手遅れなのだった。
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