口封じ
「いやぁ、無事戻って来れて良かったよ」
そうぼそぼそ言いながら、勇誠は魔実を見る。現在勇誠達は、何時も通り学校に通い、授業を受けて現在は昼休み。勇誠と魔実は教室の隅で話している。
昨晩(オルトバニアでは昼間だったが)は、色々と刺激的な日だったが、どうにかこうにか街を脱出して、街から離れた場所で転移して戻った。
とは言えオルトバニアでの一件は 、かなりヘビーなものだったので、勇誠達は流石に今日ばかりは、魂が抜けたみたいになっている。
すると、
「そう言えば空は?」
「え?」
勇誠が、ふと空の姿が見えないことに気づき魔実も姿を探すが、その後昼休みどころか、午後の授業まで空はすっぽかすのだった。
◆
「クソ!」
その頃、キングダムにあるギルド支部の一角では、淳が歯軋りしながら立っていた。
前回の一件で金的を潰され、EDになった彼だったが、今度は勇誠達にやられて治療を受けたものの、まだ尻が痛む気がすると言って、座るのを嫌がるようになっている。そんな中、
「で?結局逃げられたのかよ」
「はい。申し訳ありません」
『申し訳ありませんでした』
ユドライアにそう問われ、老体の男と、空と戦ったガラージュ達(治療済み)は頭を下げる。
ギルドは維持するのに金が掛かる。故に本来であればクエストを受注し、それを冒険者達に斡旋。その仲介料を受け取って成り立つのだが、最近王が入れ替わった上に、結構オルトバニアの端にあるこの国に冒険者は来ず、たまに来てもドラゴン等の強力なモンスターを狩っていっては、他の薬草摘みやゴミ拾いなどの依頼は受けずに別の街に行ってしまう。
ドラゴン退治は大切だ。だが、余りにもバランスが悪い。本来であれば、ゴミ拾いなどのインフラや公共施設の整備点検は、国は行うべきもの。なのだが、実質は民も国も何でも屋の側面が強い冒険者達に依頼する方が手っ取り早く確実なのを知っている。その為、実際はそう言ったことも、依頼という形で処理されているのが実情だ。
しかし深刻な冒険者不足のこのギルドでは、それが回らない。ガラージュ達がこの街に来たのも、昔お世話になったこのギルド支部長が、困っていると言うのを知ったからである。
だが前回の戦いの結果が結果で、ユドライア達に迫られていた。
「とにかく、あいつらの人相書きをさっさと製作して他の支部に送れ!」
「畏まりました」
国によっては、科学が発展してパソコンやコピー機がある国もある。だがキングダムはそう言ったものがなく、こう言ったものは殆ど手書きだ。
「ガラージュ。この後絵描きを呼ぶから人相書きの件を任せて良いかな?」
「はい。任せてください」
支部長にそう言われ、ガラージュは頷く。
「とにかく、あいつらを絶対逃がすな。ギルド中に情報流して、必ず捕まえさせろ」
「それは困るんだよなぁ」
『っ!』
その場の全員が、声の方を見た。そこには、窓の縁に腰を降ろした空がいた。
「てめぇ……逃げたんじゃ」
「ちょっと用事があって帰ってきた。それだけだよ」
そう言いながら、空は窓枠から腰をあげ、ゆっくりと歩を進める。
「ちぃ!」
そこにルーワが走りだし、ハンマーは今持ってないが、自慢の力を込めて拳を握ると、空に向かって振り下ろそうとし、
「ぷっ!」
「っ!」
突如右目に走った鋭い痛みに、思わず振り上げた手を当て、足を止めてしまう。その瞬間空は懐に飛び込んでボディに一発入れると、蹲ったルーワの首に腕を回し、思いっきり捻り上げて首の骨をへし折る。
「乾藤流古武術・礫だ。さっきここに来る前に石礫を口にいれといた。後はそれを相手の目に吹き付けるだけで隙は作れる。って技さ」
『っ!』
淀みなく行われ、ルーワはそのまま地面に倒れると、ピクリとも動かなくなった。
「ルーワ!」
ヤオルはルーワを心配しつつも、テーブルの上においてあったペンを持ち、空の喉元目掛けてペン先を突き出す。だが、
「あっ!」
空がヤオルの腕を下から叩くと、不思議に思うほど、ビリビリと振動が指先まで走り、力が突然入らなくなると、ヤオルはそのままペンを手放してペンが空中に飛ぶ。それをキャッチした空は、ペンを思い切りヤオルの喉に突き刺し、引き抜くと血飛沫が舞い上がった。
「がひゅ!」
「鎧通しの応用。相手の腕に振動を流して武器を奪う手品みたいなものだ」
空はそのまま倒れるヤオルをスルーして進む。その間にガラージュは立ち塞がり、
「さっきは加減してたのか……」
「あぁ、加減してた。皆の前で殺しができないからな。特に子供もいた。流石に情操教育に不味いだろ?」
ガラージュは確かにな、と少し笑うが、今持っている武器はナイフのみだ。
(ったく。治療を終えたらすぐに武器買っとけば良かったぜ)
ガラージュは自嘲しつつ、背後に向かって叫ぶ。
「逃げ……!」
「らぁ!」
ドン!と空はガラージュの胸に掌打を叩き込むと、ガラージュは目を見開き膝をついて胸を抑える。
「乾藤流古武術・静心」
「かはっ……かっ!」
涎を垂らしながら、ガラージュは胸を掻く。
「これも鎧通しの応用だ。相手の心臓に振動を叩き込み、鼓動を乱す技。外傷を与えない殺しの技術。現代じゃそうそう使えないな」
空は聞こえてはいないだろうが、ガラージュに説明しつつ、更に歩を進めた。
「く!」
淳は慌てて扉に向かって走りだすが、
「っ!」
空の投擲したペンが、淳の目の前に刺さり、慌てて足を止めた。
「お、お前いったい何なんだよ!」
「ん~。口封じかな」
淳の問いに、空は答える。
「人相書きが出回ると厄介だ。だがこういうアナログな手段ってのは、出所を潰せば広まりにくい。だからこの後の計画にためにも確実にお前たちだけは潰す必要がある」
「ば、バカが!万が一ここで潰したってなぁ!お前が一般人をボコした事実は変わらねぇ!中にはもう一生ベットの上から動けなくなったやつもいる!そいつらがお前らを逃がすはずがねぇ!」
そうだな。と空は笑みを浮かべながら頷くが、
「確かにその通りだ。でもまぁ、そこはうまくやるさ」
と言う空の言葉を聞き、支部長は気づく。これだけ騒いでいるのに、何時もギルドに常駐している職員の気配が、全くしないことに。
「ギルド職員用の部屋が同じ建物で助かったよ。お陰で全員始末できた。これで冒険者も他にたくさん立ち寄ってたらちょっと面倒だったけど、それもない」
「全員……殺したのか?」
「あぁ。皆疲れて寝てたからな。静かに一人一人静かに首の骨を折ったよ。騒がれると厄介だからな」
流れ作業のごとく言ってのける空に、支部長は背筋に冷たいものが走った。空は強い。それがガラージュ達が呆気なく片付けられた事からもわかる。だがそれ以上に、空の恐ろしさはこの他者を傷つけること。場合によっては殺すことも厭わないその精神性だ。
普通であれば、他者の命を奪うことを忌避することが多い。特に空のような若者であればだ。
様々な理由があって、殺しに慣れてしまったものや、育った環境により感情が欠落している人間もいる。だが空からはそのどちらかの人間が持つオーラのようなものがない。
「何が君をそこまで突き動かす?」
「……守るためだ」
空は支部長の問い掛けに、眼を真っ直ぐ見て答える。
「私はさ、自分で言うのもなんだけど全うな人間じゃない。喧嘩好きだし、相手を壊すのも大好きだ。そして、命を削り合う殺し合いをしてこっちが勝った時の高揚感はどんなことにも代え難いほど興奮する。相手の血を見ると正直濡れるよ。ゾクゾクしてくる。勇誠はそんなイカれた私を、そのまま受け入れてくれた。好きだっていってくれた。あんなことがあったのに、アイツは私を大切にしてくれる。ま、ちぃっとばっかし気が多いのはご愛敬だ。どうせ私は恋人や結婚何て言うのには向いてない。最終的には、アイツは私以外と結婚する方が良い。そういう意味では美矢先輩は良い物件だよ。他の皆も良いけどさ」
空は言いながら、拳を軽く握る。
「だからさ、例えこの世界が私達のすむ世界だとは別だとしても、勇誠達に何かするなら容赦しないし、皆を守るためなら私はどんなに手を血で汚しても構わない。まぁ、あっちの世界だとしても容赦しないがね。殺しは流石に難しいから考えないといけないけど」
「成程」
支部長は空の言葉に頷きながら、間合いを少し詰める。互いに一歩ジャンプして飛び掛かれる距離だ。
「良いのか?武器なしで」
「見逃してもらえますか?」
「それはダメだな」
でしょうね。と支部長は言った瞬間、ノーモーションで突きを放ち、空は咄嗟に受け流して逸すと、空は拳を2、3発腹に叩き込む。
「ぐっ!」
「あんた元々武闘家か……でも歳だな。動きが鈍い」
慣れた突きに、空は支部長が武闘家なのを見抜きつつも、素早い連撃を何度も叩き込み、怯ませたところに喉仏を軽く殴り、
「げほっ!」
支部長は、えずくような咳をして動きが止まる。そこから空はクルリと一回転して支部長の下顎を狙った後ろ回し蹴りで沈めると、そのまま倒れた支部長の喉を全体重を乗せて踏みつけて、そのまま支部長を沈黙させた。
「後はお前らだけだな」
「ちょ、ちょっと待ってよ!わかった!君の勝ちだ!もう君達には関わらない!だからもう良いだろ?な?」
淳はそう言って土下座せんばかりの勢いだが、
「ダーメ」
空は淳に可愛らしくもはっきりと否定の言葉を言い、
「お前は私達を殺そうとしたんだ。それを許して貰おうなんて虫が良すぎだ。ちゃんと命を持って償って貰う」
それにな、と空は言葉を続け、
「お前の言葉は信用出来ない。そもそも私は嘘を見抜くとか苦手だからな。だから敵対したやつが確実に殺す。それしかできない」
「くっ!」
淳は素早く立ち上がると殴り掛かるが、空は横に拳を振り抜くと、顎にカスらせる。すると淳はカクンと脱力して膝を着く。
「よっ!」
空はそのまま淳の頭を掴み、強引に頭を一回転。ゴキン!と本来鳴らない筈の音を発しながら、淳の首が360度回転し、そのまま血の泡を吹きながら、地面に倒れ伏す。
「最後はお前だ」
「は、はぁ!?なんで俺もなんだよ!淳がやれたらもうこの世界に用はねぇ!帰るから俺には関係ないはずだ!」
まぁ、そうだけどな。と空は言いながら歩をユドライアに向かって進め、
「でもお前初めて会った時、クルルーラさんに手を上げようとしただろ?」
「なっ!?」
「そっちじゃ随分好きにやってたみたいじゃないか。クルルーラさんの怯えを見たら分かるよ」
「ふ、ふざけんな!」
ユドライアは近くに置いてあった置物を拾い、それを空に投げつけるが、空は首を横に倒すだけで回避。
「神候補生になったのも鉛筆転がして運よく受かり、実技は毎度赤点。才能なんてこれっポチもねぇ癖に無駄に自信過剰で周りから浮いた存在だった。そんなやつに現実って奴を教えてやってただけだ!」
続けて物を投げつけながら、ユドライアは後退するが、空はそれを全て回避し、時にはキャッチして更に歩を進める。
「まぁ、別に本音を言えばそれは理由の一つではあるけど、全部じゃない」
「なに?」
空の呟きに、ユドライアは表情を凍りつかせながら空の顔を見た。
「お前が生き残ってるとさ、他の候補生に漏れるかもしれないだろ?そうなると折角この街で混乱起こしても無駄だ。まぁようは口封じだな。クルルーラさんが言ってた。この世界だと神候補生は力を使えない。使えるのは精々転移して自分の世界に帰るくらいで、殆ど人間と変わらないってさ」
あと気になるんだよね。空は更に言葉を続け、
「人間と殴ったときの感触に違いはあるのかどうかって」
「っ!」
ユドライアは背筋に冷たいものが走り、そのまま神界に帰るべく意識を集中させた。だが、
「ごはっ!」
一瞬で空はユドライアとの距離を詰め、ユドライアの鳩尾に拳を叩き込み、ユドライアが胃の中身を吐き散らしながら下がり、壁に背を着けると同時に空の飛び膝蹴りがユドライアの顔面に決まり、後頭部を壁にぶつける。更にそのまま空は床に着地すると、拳を握って喉・鳩尾・金的に瞬時に攻撃し、思わず蹲った際に見せたユドライアの後頭部に踵落としを決め、顔面から床に突っ込んだユドライアは、潰れたカエルみたいな声を出した。
「ぐぇ……」
「ふぅん。そんなに殴った感触は変わらないんだな」
(な、なんなんだこいつ……)
ユドライアはガチガチと歯を鳴らす。神候補生達は神界では寿命以外では死ぬことはない。力も個人差があれど人間に遅れをとることはまずない。だが今のユドライアは人間と変わらない。なんなら転生者より劣るくらいだ。まぁこれは他の候補生にも言えることだが……
つまり、ユドライアを含めた神候補生は、こちらの世界では簡単に死ぬ。そして神候補生は死ねば消滅する。空達人間は死んでも魂だけの存在になり、成仏した後に新たな姿に生まれ変わる、輪廻転生という形態を取っているが、神候補生やそれに列なる存在達は、死ねばそれで終わりだ。無に帰り、最初からそこにいなかったかのようになる。
(嫌だ、嫌だ!)
ユドライアは咄嗟に、手に力を込めて立ち上がろうとするが、空の蹴りがユドライアの前腕に炸裂し、そのままへし折った。
「ぐぁあああああ!腕がぁ……うでがぁあああああああ!」
ユドライアは絶叫しながら、折れた腕をもう一方の手で押さえた次の瞬間!
「シャア!」
「がごぁ!」
空の爪先蹴りが、ユドライアの口に刺さり、口腔奥まで空の爪先が刺さると同時に、背後の壁に頭を叩き付けられながら、そのまま固定。
「これで終わりだ……」
そのまま空は足に力を込めると振動を生み出し、足からユドライアにその振動を叩き込む。するとビクン!と一瞬震え、ユドライアの両目が内側から飛び出し、そこから脳味噌が弾け出た。
「鎧通しは足でもできる。こうやって直接相手の脳天に叩き込めばこう言う芸当もできるんだ」
動かなくなったユドライアに言いながら、空は適当に書類や本を集め、それにここに来る途中で持ってきておいた油をトプトプと垂らして、中身を全て空けると、容器を捨ててランプを手に取ると、それを床に叩きつけ中の火が燃え移るのを確認し、空は窓に足を掛けながら、
「それじゃ、後は頼みましたよ…美矢先輩」
そう言い残し、空はその場を後にするのだった。
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