脱出
「参ったなぁ……」
「参ったわねぇ」
「参ったな」
「参りましたね」
「参ったねぇ」
「参りましたわ」
「参ったよね」
「参りましたよぉ」
上から順に勇誠・魔実・空・刹樹・癒羅・美矢・フラメ・クルルーラの順である。
さてこの八名は現在キングダムの一角にある、空き家の一つに身を隠していた。
と言うのも、
「おい!あっちじゃないか!」
「捜せ捜せ!」
表の通りには、この街の住民がフライパンやら包丁(中には剣や槍などのガチの武器もある)やらを手に、勇誠達を大捜索をしていた。
「忘れてましたわ。相手は仮にもこの国を支配する人間だと言うことを」
美矢は深くため息を吐く。空の【根絶】とかで忘れていたが、今回叩きのめした淳は、このキングダムの王様?の立ち居ちにいる人間だ。
それを向こうから襲いに来ていようが、返り討ちにすればこうなる訳である。
なので現在勇誠達は逃亡犯状態で、こうして隠れ潜んで、この街からの脱出のタイミングの機会を狙っていた。
因みに転移で脱出をと思われるかもしれないが、勇誠の転移能力は、オルトバニアであれば好きにどこからでも出れるわけではなく、オルトバニアから出る際、最後にいた場所にまた出る(少し位なら場所をずらして出ることも可能ではあるが)ので、街を出ないと詰むのだ。しかしさっきから住民達がひっきりなしにこの近くを通っており、隠れて脱出はできそうにない。
最初に魔実達が勇誠と同じところに転移できたのは、最初だから勇誠のところに出れただけで、今は別々の場所から元の世界に戻った場合、離ればなれのままになってしまう。
「なぁ魔法でどうにか出来ないのか?」
「無茶言わないでよ。この街で買った魔法書に書いてるのは初級だからそんな凄い魔法はないわよ」
魔法書をパラパラと捲りながら、勇誠に答える魔実。
「炎を飛ばすフレイムショット。炎の壁を作るフレイムウォール。こっちは水を飛ばすアクアショットに水の壁を作るアクアウォールかぁ……」
「この魔法書は初期の五大魔法を書いてあるんですね」
この世界で言う魔法は、大きく分けると五大魔法と系統外魔法に別れてるらしい。
五大魔法とは、火・水・風・雷・土のこと。系統外はその五つのどれにも当てはまらないものを指し、全部を合わせればかなりの数に及ぶ。
因みにこれらの魔法とは別に白魔法と言うのもあり、こっちは傷の治療や、聖術と言われる魔法が使えるらしい。
更にこの世界の魔法は、精神力を魔力に変換して使い、上位の魔法ほど必要な魔力が多く、詠唱も長くなるとのこと。
まぁ使い手次第では、初期の魔法でも高い効果を発揮するらしいので、上位であれば良いと言うこともないが、魔法を使ったことのない魔実では、この初期の魔法で大きな効果を期待するのは厳しいだろう。
「ここから最短で行っても街の外まで凡そ700m。その間ここの住人の見つからずにですか……」
「つうかアイツら幾らこの国で一番偉いやつをぶっ飛ばしたとは言え、全国民が追っ掛けてくるって可笑しくねぇか?」
「多分あの淳って人の能力で国民全員を洗脳してあったんでしょうね。ほら、あの人のってざっくりといえば話しただけで惚れさせる能力ですから。とは言えああやって意思の疎通をしたり、ある程度自由意思があるようなので、洗脳自体はそこまで強力ではないようです。だからと言って交渉できる感じではないですが……」
クルルーラと空は話ながら、外の様子を見た。
「700mか……外の連中を見る限り、アタシ一人なら余裕なんだけど、皆と一緒にとなると厳しいな。守りきる自信がない。街出るまで四方八方から来る敵を倒し続け無いといけないし」
「ごめんね、私達足引っ張っちゃって」
「癒羅先輩のせいじゃないですよ」
空は笑って大丈夫だと言いながら、さてどうするかと考える。
出来るなら、空だけがこの世界に残って切り抜けたあとまた皆が戻ってくると言うのをすれば良いのだが、さっき言ったように、戻ってくるのは最後に転移した場所だ。つまり、一度は皆脱出しないと、空だけで脱出させてもこの街に他の皆が出てしまう。
「となれば戦い方を考えねばなりませんわね」
「そうは言っても美矢先輩。これは厳しいのでは?私達全員空先輩みたく戦えませんよ?」
「一応俺は剣道で戦えるけど竹刀ないしな……」
そう言えば勇誠さんの能力って何ですの?と美矢と刹樹の二人と話していた勇誠は、美矢に聞かれて、
「言われてみれば俺、勇者と転移ともう一つの能力知らない……」
「じゃあもしかしたら逆転できる何かが!」
勇誠と魔実が盛り上がっていた。しかしクルルーラは申し訳無さそうに口を開き、
「勇誠さんの能力は剣士。剣系の武器を持つと若干身体能力が強化されたりするって言う割りと珍しくない能力ですね」
『ずこー!』
皆さんって若者の癖に、昭和のお笑いみたいな反応しますねぇ。とクルルーラは苦笑いしているが、フラメはツボったのかケラケラ笑っていだし、慌てて皆で口を抑えた。これでも隠れているので、騒いで見つかるわけにはいかない。
「でも武器を持つことで身体能力が上がったりするんですね」
「えぇ、例えば刹樹さんの暗殺者だってナイフ等の軽い刃物系武器を持つことで身体能力が上がりますし、感覚が鋭敏になるようですよ?私は経験ないので分かりませんけど」
割りとポピュラーな能力は武器を持つことで効果が発揮されるのもありますからね。クルルーラはそう言いながらも、
「まぁ転生後の付与能力はその人の転生前によりますが、余程凄い人じゃないとポピュラーな能力が付与されることが多いです。そういう意味では淳って人は結構やり手ではあったんでしょうねぇ」
「調べてみましたが、芳賀 淳と言う詐欺師が確かに居ましたわ。かなり有名な結婚詐欺師で、最近捕まったみたいですわ。ただ連行中に意識を突然失って、現在も意識不明で入院中とのことです」
その意識不明は、恐らく転生したせいだろう。そう勇誠は判断して、取り敢えず脱線したが、どう脱出するかを考え直す。とは言え何も思い付かない。すると、
「じゃあ道作っちゃおうよ」
『え?』
フラメの言葉に、皆がポカンとしながら彼女を見る。
「だって出れないなら道を作っちゃえば良いんじゃないの?」
フラメが首をかしげながらそう言うと、
「いやいや、土の魔法で道路を整備するくらいなら出来ますけど、道路作るってのは流石にこの中やるのは……」
クルルーラはフラメに優しく言い聞かせ、頭を掻く。
しかし美矢は、
「道路を作るですか……成程」
と言いながら、彼女は魔実の魔法書を借りて読み出し、
「そうですわね。魔実さん。これは使えますか?」
「これですか?多分使えるとは思いますけど、使ったことないので何とも……」
すると美矢は少し使ってみてくれないかと言い、魔実はここで使って大丈夫なのかクルルーラに問う。
「この魔法ですか?まぁ少し位なら大丈夫だと思いますよ?」
「因みに術の強弱ってどうやってつけるんですか?」
「それは、こうお腹に力を入れて気合い入れて撃てば威力出ますし、逆に力抜けばその分しか出ません。まぁ余程魔力が高い人が使わない限り、初期の魔法は威力出ませんからリラックスして使って大丈夫ですよ」
成程、と魔実は魔法を唱えようとしたが、
「そう言えば杖なくて良いんでしたっけ?」
「杖は発動場所や撃つ方向を決めやすくするための道具ですからね。まぁ中には魔力の補助をしてくれるような奴もありますけど、そんなのなくてもこの家に放置してあったモップで十分代用できます」
なんか締まらないな、と魔実は苦笑いを浮かべ、
「えぇと、えーる・へーら・じゅーろ・はーま・わーん……さんどうぉーる!」
『……』
外の騒ぎが遠くに聞こえる程、謎の静寂が部屋を包む。
「あれ?」
「ダメですよそんな発音じゃ」
首を傾げた魔実に、クルルーラは指導を入れ始めた。
「は、発音ですか?」
「そうです。例えばこの、えーるは厳密にはヴェールです。まぁ取り敢えず、リピートアフタミー。ヴェール・ヘェーラ・ジュール・ハーンマ・ゥワーン。サンドウォール。です」
「え、えぇと……ベール」
「違う違う。ヴェール。下唇を噛む感じで」
「ヴ、ヴェール?」
「そうそう!そのままそのまま」
細かいな……思わず勇誠がそう呟くと、
「この世界では魔法は詠唱の時の発音が一番の鬼門ですからね」
「どういうところに力入れてたんだよ先代の神様」
何て呟いてると、魔実がやったと飛び上がり、見てみれば地面に小さな砂の壁(と言うか山?)ができていた。
「うん。何となく発音のコツは掴めたっぽい。英語の時の感じかな」
実は得意科目は英語の魔実は、何回かサンドウォールを発動させ、大丈夫なことをアピール。それを見た美矢は、ならばと作戦を説明してくれる。
「と言うわけで説明しますわ。まず前提条件として、私達の目的はこの街からの脱出。それはお分かりですね?」
コクコクと皆で頷くと、美矢は紙とペンを取り出してこの街の地図を書き始めた。
「私達がいるのはここ。そして一番近くの門は、この700m離れたここですわ」
「こうして見ると、基本的に表の大通りを一直線か」
美矢と勇誠は手書きの地図を覗き込みながら話すと、
「と言うか良くサラサラとこんな路地まで書き込めるほど、街の事記憶してましたね」
「歩いてれば大体覚えますわ」
「大体でここまで細かく書き込めませんよ……」
◆
「な、何だ!?」
美矢達の会話から暫し経つと、街の大通りの中に土の壁が現れ、道を塞いでしまった。すると、
「あがっ!」
「ぐえ!」
「はごっ!」
突然分断され困惑していた住民達は、背後からぶん殴られて、頭上に星を煌めかせながら気絶。
「よしOK」
「ぐっ!」
と空き家から持ってきた椅子を手にした勇誠と、素手の空は気絶させた住民を見下ろし、路地から覗いていた皆に合図。
「それでは魔実さん。お願いしますわ」
「はい」
美矢の指示で、魔実はモップを振って呪文を唱えると、サンドウォールが路地への道を塞いでしまう。
「まだできそうですか?」
「大丈夫そうです」
それじゃ急ぎますわよ。美矢がそう言う頃には、塞いでない方から大勢走ってきた。
「中心部から離れてる上に、中心部は壁の向こう側とは言え結構な数だな」
空は指をを鳴らしながら言う。
美矢の作戦は単純だ。脱出までの道が作れないなら、向こうがこっちに来る道を潰せば良い。
この街は路地裏が入り組んでいるが、路地裏に大通りからは出入りできる場所は少ない。
つまり大通りに出れば大きく分けて二方向から襲われると言うことだ。ならばどっちかを塞げばそれだけで挟まれる危険性は減る。
だがこれには穴があった。それはサンドウォールはそこまで頑丈なものではないと言うこと。
熟練者であれば、同じサンドウォールでも更に頑丈なものを作れるらしいのだが、魔実ではそこまでではないらしい。なので、
「壁の向こう側が騒がしくなってきました」
向こうの数や道具によるが、割りと簡単に壊されてしまうらしい。
「よし、後はアタシの仕事だな」
そう言って空は走り出す。美矢の作戦の肝は空。大通りをサンドウォールで塞ぎ、後は門に向かって、先頭の空が襲いかかってくる奴等を蹴散らす。
「ほ、ホントに大丈夫なんですかね?」
「空なら大丈夫ですよ」
心配そうなクルルーラに、勇誠は話し掛ける中、
「っ!」
一斉に来てるとは言え、個人で走る早さが違えば必ず突出している奴がおり、その突出した奴に空は飛びかかると、喉を殴って怯ませた所に腕を取って関節を極めながら投げ落とすと、地面に頭を叩き付け、素早い腕を折る。
(一人に掛けられる時間は0.5秒)
空は冷静に分析し、続けて包丁を持った女性の手首をつかんで捻り、包丁を手離させると、足で蹴って角度を調整し、柄尻を踏みつけて女性の足の甲に突き刺して、女性は悲鳴をあげながら転ぶ。
(不味い!)
大通りの広さは凡そ2m半。端から端まで空の脚力なら一足跳びでいける。その為空は飛び上がると、端から抜けて行こうとした相手の顔面に飛び蹴りを入れ、そのまま着地しながら頭を掴んで、そのまま窓に顔面を叩き付け、割れた窓枠に再度顔面をぶつける。
(良し、足が止まり始めた)
多人数を相手にする時に大切なのは、以下に一人一人に時間を掛けないか。そして襲ってくる相手を殺さないことだ。
殺すと復讐心が生まれ、例え死んででもこちらに喰い掛かってくる。だが相手を苦しませる程度にすれば、自分もこうなるのかと思い、咄嗟に二の足を踏む。
勿論その戸惑いを空は見逃さない。
(戸惑いが出た。一人につき0.8秒掛けれる)
空は計算し直しながら、更に早く手を動かして次々戦闘不能にしていく。
一人はローキックで膝を折った所に、横からのフックで下顎を打ち、顎を外したところに、
「しゃ!」
殴った方とは逆の方向から後ろ回り蹴りで倒し、別の相手に人差し指・中指・薬指の三本を立てて目突き。と言うより、鍛え上げた指先による目突きは、若干斜め下から相手の眼球の上の辺りに入り、そのまま目を抉りとる。
「っ!?」
突然世界が暗転し、目に激痛と熱を持った相手は悲鳴を上げるより困惑し、そのまま空は顎を蹴り上げた。
「シャオラァ!!」
今度は空は相手の腕を掴み、捻りあげて怯ませると、相手をぶん回して周りにいた他の住民達をそれで蹴散らし、掴んでいた住人を空中に投げると、空の前蹴りで後ろの住人にぶつける。
「そ、空さんってホント何者なんです?」
「え?あぁ、ちょっと喧嘩慣れしてるだけですよ」
「あれ喧嘩慣れ何てレベルじゃ……つうか」
えげつない事を平然と……とクルルーラは勇誠に言う中、
「魔実さん。そろそろ次のを」
「はい!」
サンドウォールは脆い。ならば数をおけば良い。そして等間隔に置くことで、足止めができ、時間稼ぎができる。
後は空に期待するしかなかった。空であれば、道を切り開いてくれると。そしてその期待は成功した。
襲い掛かってきた住民達は、淳の催眠で勇誠達を襲うようにされていたが、自我がなくなるほどではない。勇誠達がこの国のトップである淳に怪我を負わせた。故に報復を……とは思えても、目の前で起こされている惨劇に突っ込めるかと言われると、恐怖心が先走る。すると誰かが後退り、他の皆も合わせた訳じゃないのに一緒に後ずさる。
逃げないのは、一重に淳の能力による命令があるからだ。
彼らは先日まで平和な生活を営んでいた一般人であり、訓練を積んだ兵士じゃない。幾ら命令でも、自我が残ってるため、恐怖が勝れば戦う気概を失う。そうなれば後は空の独壇場である。
そして兵士は、先日淳が国を奪った際の騒ぎで、かなりの数が死に、今生き残って淳に仕えているのは、街の中心部で勇誠達を探していた。
と言うのも、勇誠達が最後に目撃されたのが街の中心部だからだ。しかしその後戻ってきた勇誠達は、街が騒がしいことに気づき、影から覗いたら自分達が指名手配されてるのを知り、複雑な裏路地を利用して、こそこそと街の外れまでは移動してきた。それが功をそうし、厄介なのはこっちにはいない。そう皆が思った時、
「え?」
勇誠は横からの強い衝撃に吹っ飛び、民家に叩き付けられた。
「勇誠!?」
魔実の叫びが響く中、勇誠は地面に転がり、
(なんだ?吹っ飛ばされた?いでぇ、右腕に鈍痛。右胸がいてぇ……これ肋骨折れたか?いや、息が出来てるしヒビくらいか?息すると滅茶苦茶いてぇけど)
困惑する頭を働かせながら、頭をあげて見ると、そこに立っていたのは、
「じゅ……ん?」
「よぉ、昨日ぶりだな」
勇誠!そう空も叫びながら、思わず戻ろうとするが、それをすると今住人達に植え付けた恐怖が無駄になる。
「なんつう時に!」
「はは、ったくよ。あの女には酷い目に遭わされちまったよ。この世界じゃ高位の白魔法の使い手なら腕だろうが何だろうが再生可能でね。うちのところにも一人いるんだ。腕のいい奴がな。そいつにやられた所を綺麗に治して貰ったんだ。だけど問題が起きてな。今度は勃たなくなっちまってよ。マジでふざけんなってんだよ。興奮すんのに役に立ちやしない。そこの女も、他のやつらもこの街から逃がさねぇよ」
淳はブツブツ呟きながら、魔実達の方を見た。しかし、
「させるかよ!」
「っ!」
後ろから飛び付いた勇誠は、淳の首に腕を回して絞めようとするが、淳は素早く肘を勇誠に叩き込んで怯ませ、拘束から逃れると勇誠を掴んで投げ飛ばす。
「来るなみんな!」
『っ!』
他の皆が駆け寄ろうとするが、それを勇誠が止め、咳き込みながら立ち上がると、
「俺がやる」
「あぁ、来なよ」
勇誠は拳を握りしめ、淳に向かって走り出すのだった。
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