乾藤流古武術

薬草摘みの仕事を受けて2、3日経った。ある日のこと。皆で今日も仕事に精を出しながら、美矢は勇誠に問題を出してそれに勇誠が答える。と言うのを続けていた。そんな中である。


「街の様子がおかしい?」

「えぇ、来て最初の頃は何とも思ってなかったのですが、何日か過ごして違和感を感じましたの」


と言い出したのは美矢。美矢はそう言って街で買ってきたサンドイッチを口に運び、


「この街、不自然なほど若い女性を見ませんわ」

「そう言えば確かに……」


言われてみれば、確かに若い女性を見た記憶が勇誠にはなかった。


「確かにカフェでも男性ウェイターしかいないし、奥のキッチンも外から見える範囲では男しかいない。それに外を歩いてても年配の女性は見るけど若いのは確かに……」


うむむ?と勇誠は首を捻る。


「偶然では?」

「偶然にしては可笑しいですわ。皆さんが働いている間に何度か休憩用の食事を買いに出ましたが、この街の大きさを考えて普通あり得ませんわ」


美矢は刹樹に答えながら、コメカミに指を当てて考える。


「それとなく聞いてみても何時も笑って何もないと答えられますからね……」

「ん~。もしかしたらこっちをこっそり見てた連中が関係してるのかなぁ」

『え?』


空の言葉に、皆はポカンとしまう中、


「え?誰かに付けられてたの?」

「魔実気付いてなかったのか?二日目くらいからこの街にいると最初は居ないんだけど気づくと付けられてたぞ?今だって薬草園の入り口辺りに潜んでるしな」

『ぶっ!』


何で言わないんだよ!とお茶を吹いてから、空に皆が抗議するが、


「いやぁ、何かこっちに危害加える感じしないし、下手に言って心配させるのもあれかなって」


どうせ帰るときは転移で元の世界に戻ってるから追っ掛けてこれないし。空はそう言ってサンドイッチの最後の一口を口に放り込む。


「そんじゃ働きますか」


空の言葉で、皆も慌ててサンドイッチを口に放り込んで作業再開。


「ねぇ勇誠君。さっきの話どう思う?」


そして作業を再開して暫くすると、癒羅がこちらに来て話し掛けてきた。


「さっきの話って若い女性を見てないって話?」

「うん。私もね?少し違和感はあったの。妙に毎日どこで寝泊まりしてるのかお店の人に聞かれるし、遠目に見られてヒソヒソ話してる姿があったから……」

「そうか。それなら次から買い物にいくときは俺か空が一緒に行くよ」


お願い。と癒羅が言い、笑みを浮かべた次の瞬間。


「いやぁ!まさかこんな綺麗な子が居たなんて!」

『ん?』


勇誠と癒羅は何やら聞き覚えのない男の声に、嫌な予感を覚えていくと、沢山の若い女の子を連れた、ビックリするほどの派手な服装のイケメンが、刹樹に言い寄っていた。


「どうだろうか。俺の屋敷でお茶をしよう」

「いえ結構です」

「……」


男は刹樹に断られたのが信じられないと言った顔をして固まる中、刹樹はマイペースに仕事を再開。


「ちょ、ちょっと待って!誘ってるんだけど!?」

「そうなんですか」


刹樹は首を傾げ、不思議そうな顔をしている中、


「おいおい、何の騒ぎだ」

「なに?」


他の皆も騒ぎを聞き付けて集まる中、勇誠が刹樹と男の間に割って入り、


「申し訳ないけど今仕事中でしてね。ナンパはやめてもらって良いですか?」

「お前は彼女のなんな訳?」


勇誠は少し考え、


「色々複雑な関係だ」


とだけ言いながら、周りを確認すると、さっきも言ったように、男の後ろには沢山の女がいる。


「つうかあんなに女の子を連れて他の女をナンパするなよ」

「勇誠さんには言われたくないでしょうけどねぇ」


クルルーラがボソッと言うのを、勇誠は喧しいと反論するのを我慢しつつ、


「いやいや、俺は綺麗な花を愛でたいだけだよ」

「なら私には愛でて欲しい相手を選ぶ権利があります」


と刹樹がはっきりと言って、男が表情を引きつらせた。するとクルルーラは、


「おや?もしや貴方転生者では?」

『え?』


勇誠や刹樹がポカンとしながらクルルーラを見ると、


「ふむ、そこの女は変なオーラだったから分からなかったが、成程こっちの男は転生者か。随分平凡そうな男を選んだな。クルルーラ」

「げっ!ユドライア……」


クルルーラの顔色は一気に悪くなり、ブルブル震え出す。


「お前今更転生者見つけたのかよ。俺の選んだ奴なんかもう国一つ取っちまったぜ」

「国を取った?もしかして最近この国を管理してる転生者って……」


そう、俺だよ。と言いながら男は勇誠を見る。


「見た感じ普通そうだけど……どうなんだ?」

「俺は見た通りの男だよ。そもそも転生だってこっちとクルルーラさんの思惑が一致したからだし」


勇誠は男に優しく対応しつつも、何となく嫌な感じのする男だと思った。それを態度には出さないようにしているが。


「ホントに?だって後ろの女の子が俺に惚れないなんて可笑しいじゃん?君の能力?」

「能力じゃねぇ」


男の問いにユドライアが先に答え、


「可笑しいと思ったが、そこの女も転生者だな?」

「え?でも転生者って一人の候補生につき一人でしょ?」

「あぁ、だから他にいるのかと思ったが候補生の気配を感じない。おいクルルーラ。どういう仕掛けだ?複数人の転生者は作れない筈だぞ?」


いやぁ色々とありまして、とクルルーラは勇誠の後ろに隠れた。


「おいクルルーラ。てめぇ俺の聞いたことに答えないってのはどういう了見だ?また学校のときみたくどっちが偉いのか教えてやらねぇとわからねぇのか?」


ユドライアはクルルーラに向かって歩き出して手を伸ばす。だが、


「あ?」

「止めろ」


勇誠は珍しく低い声を出しながら、ユドライアの手首を掴んで捻りあげる。


「いでで!おいはなせ!」

「おぉ、確かに勇者になると身体能力上がるのか……」


そう驚きながら勇誠は慌ててユドライアから手を離し、ユドライアは手を振って距離を取る。すると、


「おい淳。その男を片付けろ」

「えぇ?何で俺が……」

「クルルーラから秘密聞き出せばお前の世界の女を連れてくることが出来るぞ?転生者にはお前の能力は普通なら効かないが、連れてきちまえばこっちのもんだろ?」

「成程」


淳と呼ばれた男はニヤリと笑い、


「ハニー達。やっちゃえ」

『はーい!』


さっきまでマネキンの様に立っていた女の子達が勇誠達に襲い掛かる。その数が十人……そこに、


「ふん!」


間に飛び込んできたのは空。空はそのまま一番前に飛び出して来た女の腕を取ると同時にぶん投げて後ろに居た奴等に叩き付ける。


「オルァ!」


と年頃の少女が出すべきではない声音で、 飛び掛かると同時に他の女の喉を蹴り怯ませ、着地と同時に懐に飛び込んでボディーブロー。


「ぐぇ!」

「おぉ!」


流れるように空は次の相手の顔を掴んで大外狩りの要領で足を払い、頭から地面に叩き付け、


「ぐぎゅ……」

「うちの技の一つでね。【天落】って言うんだ。まぁ対した技じゃないけどな」


空は残った女達に狙いを定めようとしたが、


「そこまでだ。俺が相手をしよう」


淳は女達に止めるように指示し、自分が空の前にたつ。


「お前には手加減ってものがないのか?同じ女とはいえやりすぎだろう?」


淳はそう言って空を見るが、空は少し笑い、


「なに言ってんだよ。やりに来るからにはやられる覚悟しとけよ。どういう訳でこうなったかは知らないけどな、少なくとも勇誠達に危害を加えようとした。ならアタシも手心を加えるつもりはない。久々に暴れるチャンスだしな」


ボキボキと指を鳴らし、空はすっかり臨戦態勢。淳はそんな空を値踏みして、


「ふうん。こう言う感じの子を屈服させるってのも興奮するなぁ」

「お前気持ち悪いな」


空は若干ドン引きすると、淳は空に飛びかかる。


「っ!」


空がギリギリで淳の一撃を避けると、地面が拳の形に陥没。素早く避けた後に蹴りを出すが、淳は恐るべき反応速度で最低限の動きで避け、空に殴りかかった。


空はそれを腕で払って受け流し、逆の腕の肘を鳩尾に叩き込もうとしたが、その前に距離を取られる。


(何だ?動きは素人なのに反応速度やパワーが明らかに普通じゃない。アイツの能力か?)

「可笑しいって感じだな」


淳は手をヒラヒラさせつつ空に言う。


「俺の能力が気になるのかな?なら教えてあげるよ」

「おい淳!あんまりホイホイ能力教えんな!」

「良いって良いって。どうせ教えたって対処しようがないさ」


淳はユドライアの言葉を聞かず、


「俺さ、転生前は結婚詐欺師だったんだよ。俺顔良いじゃん?だから声かけてちょっと口説けば女は誰でも俺に貢いでくれたし、男から信用を得て色々優遇してもらった。その過去から俺の得た能力は俺と目が合ってちょっと良いことを喋ってやるだけで、この世界の人間は俺に好意を持ち、どんなことでも聞く。女は食い放題だし男は顎で使い放題ってわけさ」

「そうか、最近影から見てきてたやつは……」


俺の部下だよ。と淳は言い、


「門番には可愛い女の子が来たら言うようにいってるしね。なのに君達は帰るときはいつの間にか姿を消してるし、足取りが掴めなかったから俺が直接会いに来たんだよ」

「最悪な気分」

「いやぁ、でもこの能力のお陰で前の王妃を口説いて王を殺させて、俺がこの国乗っ取ってさ、後は適当に女の子口説いてったわけよ。俺のもう一個の能力のためのね」

「もう一個の能力?」

「そ、俺のユドライアに頼んでもらった能力は、自分に惚れてる女の子が多ければ多いほど力に加算されていく。つまり俺は俺に惚れている人数分の身体能力を持ってるってことさ。ホントは俺に従う連中って範囲まで広げたかったんだけど、流石に限度があってね。まぁ素でも勇者の身体能力があるし、一人一人は対したことないけど、町中の女の子の数が集まれば結構凄いでしょ?」

「成程、確かに結構厄介な能力だな」

「でしょ?だからもう諦めたら?」


いや、まだ手はある。空はそう言って首を軽く回して淳を見ると、


「うちはさ。今でこそ空手道場と言う形を取ってるけど、元々は古武術を代々受け継いできた一族で、さっきの天落もその一つ。何せ世間が刀や弓矢、はたまた鉄砲なんて使ってる時代にも関わらず、道具は何時でも側にあるとは限らない。ならば必ず側にある無手を鍛えるべきだ。って言って無手の技を磨いた頭の可笑しいご先祖様達が代々色んな技を開発していった。その中にはな、お前みたいなタイプにピッタリのものもあるんだよ」


空はそう言ってゆっくり息を吸い、吸うときよりゆっくりと息を吐く。


「行くぞ」

「っ!」


一言言って、ゆったりとした足取りで空は淳との間合いを詰める。


「な、なんだ!?」


淳は驚き半歩後ずさる。それもそうだろう。空はゆっくりと近付きながらも、正面から見ていると体がぶれて見える。目の焦点が合わないと言うか、距離感が掴めない。


「乾藤流の歩行術でな。まぁ詳しいトリックは企業秘密として、お前は身体能力は凄いが、それ以外は素人だ。ろくに喧嘩もしたことないだろ?そこら辺のチンピラの方がまだ喧嘩うまいぜ?それにそもそも武術ってのはな、そう言う身体能力が優れたやつに、劣るやつが勝つための技術の結晶なんでね」

「成程な……だけど歩き方が凄くたって俺には勝てないぜ!」


淳は叫びながら空に襲い掛かる。そのまま走った勢いを乗せた渾身の拳を振り下ろす。確かにその一撃は空の体を捉えた感触があったのに、何故か空は目の前におらず、


「こっちだよ」

「なっ!?」


空の声が後ろからして、慌てて振り替えった次の瞬間、


《パァンッ!》

「っ!」


突然響いた乾いた音。なんの事はない、空はただ淳の目の前で手を叩いただけ。言う慣れば普通の猫だまし。その事に淳が気づいたのは、大分後のことで、


「ッ!!!!!!」


淳の頭は、真っ白になっていた。驚きで呆然とし、完全に思考が停止していた。そしてその瞬間、下半身に強烈な痛みが走る。


「ひぃ!」


勇誠は思わず自分の股間を抑え、小さく悲鳴を上げた。


何せ空が行ったのは、猫だましをしたコンマ後に淳の股間を蹴り上げたのだ。


蹴り上げたと言っても、淳の体がフワッと地面から浮き上がるほどの威力をもった蹴り上げで、更にゴチャ!っと言う音が響くほど。


「あ……がが……」


地面に降りると同時に、淳の股間に血のシミが広がっていき、


「乾藤流古武術・【根絶】。どんな反射神経が優れてようと、それは意志が普通に働いているからだ。ならその意志を一瞬でも不能にすれば相手は隙だらけになる。そのための猫だまし。猫だましで相手の隙を作れば料理し放題さ」


泡吹いて膝をついて気絶する淳を見下ろしながら、空はもう聞こえちゃいないかと言って背を向ける。淳の取り巻きの女が駆け寄っていくが、こちらに来ないなら無視で良いだろう。


「お、お前恐ろしい技使うなおい!」

「いやぁ、女の敵にはあれくらいが丁度良いかなって」


カラカラと笑う空に、女性陣はウンウンと頷くが、勇誠は想像するだけで恐ろしい。


「しかし玉を潰す技ですか……凄い技ですねぇ」

「厳密には股間を蹴りあげて骨盤を破壊する技ですけどね。ほら、この間見せたビン切りの技術と同じですよ。あの時は手でしたけど、今のは股関節から先で、蹴り上げの動きを一気に加速させて、後ろに足を振り上げて特別勢いをつけずとも、相手の骨盤を砕けるくらいの破壊力が出せるんです。まぁ今回は加減して骨盤にヒビが入る位に抑えましたけどね」


クルルーラに空は説明しつつ、ポキポキと首を鳴らしながら見たのは、


「さて、ユドライアさんでしたっけ?あんたはどうすれば良いんだ?」

「そ、そーですね!空さん!懲らしめてあげましょう!」


クルルーラは空の後ろに隠れながらすっかり強気である。そんな姿にユドライアは、


「ち!相手してられるか!」


と言ってユドライアは淳の連れていた女を見て、


「おい!こいつらをどうにかしろ!その間に俺が淳を連れて逃げる!」

『えー!』


すると女達は何でお前がとか、私が連れてくとか言って喧嘩し出した。


「あぁくそ!役に立たな……」

「おい」

「っ!」


女達に気を取られた瞬間、ユドライアは視界の外から声を掛けられ、咄嗟に振り返った瞬間、


《パァン!》

「っ!」


ヤバイ!とユドライアは、猫だましで一瞬意識が真っ白になったが、咄嗟に股間をガード。したものの、


「がぐっ!」


と股間をガードしたのに、衝撃は何故か顎から上に掛けて衝撃が来て、グルンと視界がひっくり返り、ベキベキと言う音と共に、後ろに倒れると後頭部を地面に叩きつけた。


「よし」

「空ぁああああああ!?」


なにしてんだお前!?と勇誠がビックリしていると、


「今のは【根絶】の亜種でな。股間の蹴り上げを警戒した相手には、逆に言えば他の部位の警戒が疎かになってる。ならその部位を蹴りあげる。つうわけで顎を蹴り上げたんだけど……」

「そういう意味じゃなくてだな」


勇誠はハァとため息を吐き、


「だからってお前顎を蹴り砕くなよ……」

「だってこいつ逃げたら絶対仕返しに来るぜ?だったら今のうちに倒しとかないと危ないかなって」


何なら息の根を止める?と空がクルルーラに聞くが、


「さ、流石にそこまでは……」


首を横に振って拒否。流石に命を奪うのは抵抗があるらしい。


「じゃあ取り敢えずここに転がしときますか」


空は顎が砕けてピクピクしているユドライアを一瞥しながら言うと、


「空お姉ちゃん強いんだね!」

「おうよ!鍛えてるからな!」


フラメの頭をグシャグシャと撫でながら、空は笑って勇誠を見る。


「つうわけで腹も減ったし今日はここまでにしようぜ。久々に暴れてスッキリしたしよ」

「そうだな……時間も丁度良いし今日は帰るか」


勇誠は時間を確認して頷くと、他の皆も同意して転移を開始。そうして勇誠達は、日常へと戻っていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る