初仕事

「よぉ姉ちゃん達。俺たちと飲みにいかねぇかい?」

『……』


案の定ナンパである。とは言え実際こういった事態は皆慣れっこである。全員容姿がずば抜けていいので、一人で歩けば高確率で遭遇し、勇誠とデートしてても割り込んでくる猛者もさもいるくらいだ。


なのでこう言う輩には、


『あ、結構です』


すっぱりきっぱりはっきりと。中途半端に断れば、余計にちょっかいを出しに来る。なのでこう言う相手には簡潔かつしっかりと否定の意思を伝えるに限る。


事実相手は興味なさげに拒否され、面食らった顔をしていた。


「え、えぇと。美味しいスウィーツでも……」

「要らない」


魔実に3人組の男の1人が寄って言ったが敢えなく撃沈。


「じゃあ綺麗な景色を一緒に」

「何でお前といかなきゃならないんだよ」


今度は空に寄って行ったがこれまた撃沈。


「素敵なランチでも……」

「貴方と食べても楽しくなさそうなので遠慮しておきます」


次は刹樹、


「なら……」

「良いから何処かへ行ってくださる?」


美矢に至っては言う前から切り捨てている。だが、


「あ、あの……」


癒羅だけは若干困り顔。これは押せば行けるのでは?と思ったが次の瞬間、


「せ、生理的に無理なので御一緒できません!」

『ぐぼぁ!』


三人揃って血反吐を吐いた。今のが一番心に来たらしい。


「って私は!?」

『え?』


そこに抗議したのはクルルーラ。自分だけ何も無しなのかと文句を言うが、


「だってなぁ……」

「うん……」


三人組は顔を見合わせ困り顔。なにせクルルーラも見てくれは良い。上の上と言っても過言じゃないのだが、特上が揃った中だと微妙に見劣りしてしまう。


「むきー!」

「そういうこと言うからってもある気がするけど……」


勇誠がハンカチを噛んで叫ぶクルルーラにため息を一つ吐くと、


「って男もいるのかよ!」

「あ、はいどうも」


勇誠は頭を掻きながら返事。こうして人数が集まると大体勇誠は無視(と言うか、相手の視界に入ってない)される事がちょいちょいあるので、これもまた慣れっこの事である。


「お前この女達とどういう関係だ?」

「まぁ……色々複雑な関係ですかね」


全員彼女です。とは言えず、勇誠は言葉を濁した。


「つうか男もいるのに何で俺たちはダメなんだよ!」

『そりゃまあ……』


当然でしょ、と女性陣皆で顔を見合わせて、


「勇誠と貴方達は違うもの。私達は勇誠の方がいいわ」


代表して魔実が答える。


「こ、このモブ顔のどこがいいんだよ!」

「悪かったなモブ顔で」


よく平均的な顔とか、可もなく不可もないとか、特徴がなくて印象に残らない等々言われる顔ではあるが、指差された上に、面と向かって言われる筋合いはない。


そう思いながら勇誠はジト目で相手を見ると、


「まぁいいや、なぁあんたちょっと何処か行っててくれないか?頼むよ、十分楽しんだだろ?」

「それは無理だな。こんな状況で女の子置いていくのは流石にカッコ悪すぎる」


そう言って勇誠は立ち上がると、さっきから先頭に立って話し掛けてくる、3人組のリーダー格の男に詰め寄る。


「おいおい、見たところ丸腰じゃねぇか。無理してカッコつけるもんじゃねぇぞ?」

「たまには見栄張ってみるのも悪くないよ」


そう言いながらも、勇誠は口の中がカラカラに乾いていた。相手はこちらを値踏みするように見ながら、腰に履いている剣に意識を向けている。


幼少時から剣道をやっているが、流石にこう言う状況で冷静には要られなかった。そんな様子の中、他の皆も椅子から少し腰を浮かせていたが、クルルーラとフラメはアワアワして、役に立ちそうにない。まぁフラメに頼るつもりはない。


だが、


「まぁいいさ。ナンパで切った張ったをするのもバカらしい」


そう言って3人組のリーダーは両手を上げてヒラヒラと手を振る。


「これでもやっと銀級冒険者になったんだ。問題行動をするわけにはいかないんだよ」


この世界ではギルドに登録した冒険者にはランクがあり、白・黄・青・赤・茶・銀・金の順で上がっていく。功績や実力を加味されて決まる。因みにランクはギルドから渡されるバッチの色で判別可能で、身分証の代わりにもなる。


更に金は実力や功績も必要だが、ギルドや国への多大な貢献も必要になってくるので、金は名誉ランク何て言われることもあるらしく、一般的な冒険者は銀が最高ランクと言われている。


そして彼がその銀と言うことは、相当な実力者だ。


正直、何処かに行ってくれるならそれが嬉しい。そう思っている間に三人組は何処かに消えていき、


「ぷはぁ~」


勇誠は大きく息を吐く。カッコつけてみたが、基本的に小心者のビビリなので、本音を言うとめっちゃ怖かった。


「ま、頑張ったじゃねぇか勇誠」


バシバシ背中を空に叩かれ、勇誠は苦笑い。


他の皆もホッとし、椅子に座り直すと他のメニューも注文してみようかとメニュー表を見始めた。


「ん?どうしたんだ?クルルーラさん?」

「ひぇ!?いいいいいえ!なにも!」


クルルーラは青い顔をしながら、首を横にブンブン振って聞いてきた空に大丈夫だと言う。


どうしたのかと皆で顔を見合わせつつも、クルルーラは手元に置いてあったジュースを飲む。正直もう味は落ちていた。ただ味はわからなかった。


なぜなら……


と一方先程の三人は、


「あーあ。折角可愛かったのになぁ」

「んだんだ」


リーダー格の男以外の二人はナンパが失敗して残念そうだ。だが、


「ありゃダメだ」

『え?』


リーダーがそう言うと、二人が首をかしげる。


「俺は銀級になれたが正直実力は限りなく茶級に近い方の銀級だ。だが相手の危険性や虫の知らせみたいなのは人一倍敏感だと思ってる」

「あぁ、知ってるよ。お前のその野生の勘はいつも俺たちを救ってくれたからな。って、もしやあの小僧が?」

「いや、あの小僧は対したことねぇ。実力だけじゃなく、単純に精神的にも怯えや恐れがあった。まぁそれを噛み締めてカッコつけれた辺りは中々胆の座った奴だけどな。他のやつらも同じさ。だけど一人だけあの場で冷静な奴がいた」


そうリーダーは言いながら思い浮かべたのは、空の顔だ。


「一人だけ……ヤバい奴がいた。もし俺が冗談でも剣を抜こうとすれば俺はきっと殺されてた。あの殺気はな……ダメな殺気だ。強いとか弱いとか言う話じゃない。あの中でそれに気づいてたのはあの変な女だけだが、ありゃダメだな。命がいくつあっても足りねぇ。あれなら普通に商売女にした方がいい」


何だって平和そうな奴等の中一人だけ場違いな奴がいるんだよ、とリーダーは冷や汗を拭いながら、そう言うのだった。



さて、口直しも含めたカフェでのお茶を終え、勇誠達は街の一角にある薬草園に来ていた。


「と言うわけで、傷薬になる薬草は此方になります。この一角全部同じものなので、残さず取ってください」


そう言って地面に生い茂っている草を指差しながら、依頼人である職員が言うと、勇誠達は頷いて作業を開始する。


カフェで一息ついた勇誠達は、早速依頼を受けてみた。ギルドで申し込み、現地に向かう。現地への交通費は、依頼人側が負担する場合と、自分達が負担する場合がある。この場合こちらが負担だが、同じ街なので交通費は掛かってない。


更に非常に割りの良い仕事だ。これだけでオルトバニア金貨二枚。つまり二ヶ月分のお金になる。


まぁこっちは昼間しかこっちにいないとは言え、大所帯なのでもっとお金がかかるわけだが……


「それでは勇誠さん。次の問題ですが……」


と仕事中も美矢からの問題は口頭で飛んでくる。それに勇誠も記憶を引き出しながら答え、


「って何で私まで……」

「働かざる者なんとやらです」


私神候補生何ですけどぉ!とクルルーラは刹樹に抗議するが、


「そんなこと言ってると、勇女にクルルーラさんの分のご飯作らなくていいって言いますよ?」

「うぐ!勇女さんのご飯美味しいからなぁ……」


そうブツブツ言いながら、クルルーラは手伝い始めた。基本的にこう言うところは素直なのだ。


「ふぅ」


そして暫く手を動かし、クルルーラは額を拭う。すると、


「あ、クルルーラさん。進んでます?」

「えぇ、何とか」


と、後ろを見ると大分摘んではいるようだ。


「まぁ一週間位掛けてやって良いらしいのでのんびり行きましょう」

「はい。あ、ありがとうございます」


勇誠はクルルーラに水を渡しながら、他の皆を見ている。


「おぉ~。やっぱり空は早いなぁ。もうあんなに摘んでら」


ヒュウっと口笛を吹きながら勇誠が言うと、


「勇誠さん。少しいいですか?」

「はい?」


クルルーラの少し真面目な声音に、勇誠は首を傾げながら向き直ると、


「さっきのナンパの時なんですけど……空さんについて」

「あぁ、もしかして空が殺気でも出してました?」


気付いてたんですか!? そうクルルーラが問うと勇誠は、


「いや全然そういうのわからないんですけどね?アイツと初めて会ったのは中学の時だったんですが、その時のアイツはホント手が付けられなくて、面倒ごとに首を突っ込んでは物理で解決してて、他校の不良と喧嘩してぶちのめしたり、ヤクザの事務所潰したりあっちこっちと喧嘩三昧。普段は良い奴なんですけどね?喧嘩とかそういうのに目がなくて、周りからも危険人物扱いで友達は俺と魔実くらいでしたよ」

「よく勇誠さん友達になれましたね」

「アイツには最初に魔実と二人で買い物に出たとき今回みたくナンパに会って、ソイツがしつこくて押し問答になったあげく俺が殴られそうになったときに空が割って入って助けてくれたんですよ。その頃からですね。アイツと仲良くなったのは」


勇誠は懐かしむ様な顔をしながら言葉を続け、


「まぁ喧嘩が好きなだけで人助けはおまけってのを知ったのはその後ですけどね?いや厳密にはその過程が好きだったかな?」

「過程?」

「はい。何で喧嘩の時の相手を叩き潰すのも、たまにマジで強い奴がいたり本職だと銃やポン刀出してきたりして、命のやり取りしてるなぁって感覚が好きらしいです。今はその辺も成りを潜めてますけどね?すっかり落ち着いて、基本的に現在は穏やかなもんです。ただまぁ俺達に何かあると別ですけど……前にちょっとゴタゴタに巻き込まれた時なんかは空が大暴れして後始末が大変でしたし」


と勇誠は言い、クルルーラに笑みを向ける。


「アイツは確かにちょっと危ないところもあります。でもむやみやたらに傷つけたりしないし、クルルーラさんに危害を加える奴じゃありません」

「だと良いんですけど、正直空さんが私は怖いです。あの殺気は危険です。さっきのナンパ野郎に向けてた殺気は、勇誠さんを守るためだけじゃなくて、戦いを……いえ、殺し合いが出来るかもと高揚していました。あの殺気は獣か、何度か見た他の神候補生が転生させた精神異常者や、凶悪犯罪者と同じオーラでした」


そう言われ、勇誠はフムと息を吐き、


「でもアイツは頼りになりますし、基本的に優しい奴ですよ。ちょっと戦闘狂な所があるだけでね」


ハッハッハ。と勇誠が笑うと、


「ねぇねぇお兄ちゃん。フラメも頑張ったの」

「お、凄いなぁ」


フラメがトコトコやって来て、両手に一杯の薬草を見せてきた。それを見て勇誠は、フラメの頭を撫でてやる。


「勇誠さんは子供ができたら確実に甘やかすタイプですね」

「それもう皆に言われてる……」


肩を少し落として、勇誠がクルルーラに返答しながら、大きくため息をつくのだった。

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