登校

「すっかり桜も満開だな」

「そうね」


と言いながら高校までの道のりを二人で歩くのは勇誠と魔実だ。


こうやって高校まで歩くと言うのも、今年で最後。そう思うと感慨深いものである。


とは言え、二人で歩くのは途中までで、


「オッス勇誠、魔実!」

「おはようございます。勇誠さん。魔実さん」

「おはよう空、刹樹」


背後から声を掛けてきたのは二人。一人は乾藤けんとう そら。勇誠や空と同じ東桜高校に通う3年生で、彼女とは中学生の頃からの付き合いの悪友だった。実家が空手道場を営んでおり、自身も空手有段者(ただ本来彼女の一族は古武術を受け継いできた一族で、空も本来は空手よりそっちの方が得意らしい)で、並の男では歯が立たない(と言うか、こいつ勝てるやつが人類にいるのかが謎)ほど。少なくとも勇誠は勝てないので、絶対に例え何があったとしても、この女に喧嘩を売ることだけはするまいと心に誓っている相手である。


そしてもう一人は暗夜あんや 刹樹さつき。こちらは新体操部に所属する東桜高校2年。勇誠とは元々、運動部関係の集まりで知り合い、それから話すようになったのだが、容姿は言わずもがなだが1年の時点で期待のエース扱いをされるほど高い実力とその実力に見合うだけの、根性を持っている。ただ若干表情と言うか、感情の起伏に乏しい所はあるが、最近は微妙なその変化を見抜けるようになったので、特に苦労はしてない。今は2年になり副部長として、今年も全国大会優勝を目指すらしい。


そしてどちらも現在魔実と同じく彼女でもある。魔実と良い空も刹樹も容姿(勿論中身もだが)が優れている。どちらかと言えば容姿は中の下位の顔であると思っている勇誠にとっては、未だに信じられない。だが現実なのだ。こんなかわいい女の子達に囲まれていると言うのは。まぁ周りの視線が痛いのはこの際仕方ないと思う。


何せ付き合ってはいない事には一応しているが、女の子に囲まれ、和気あいあいと話す姿は、見ただけでも中々にアレな光景なのは、勇誠も自覚があった。


とは言え、まぁコレに関しては仕方無いかと諦めつつ歩いていると、


「あ、今日は勇誠さんの好きなの入れておきましたからね」

「ん?あぁ、ありがとう」


そう刹樹は言いながら弁当箱を渡してきた。基本的に勇誠は両親が忙しいので、学校がある日は昼食を学食で済ませてたのだが、今は毎日日替わりで彼女の誰かが作ってくれる。誰かと言っても、現在は高校を卒業して大学に通う人もいるので、その彼女以外と言うことにはなり、この三人が日替わりで作ってくれるのだが。


因みに三人とも料理は旨い。と言うか、刹樹と空に限れば上達したというべきだろう。


空なんて最初の頃は肉を食ってれば元気だとかいって、味付けもなにもしていない肉を手に、油を鍋になみなみと入れて、肉をその中に放り込み大惨事を引き起こしかけたほどだ。その頃と比べれば、今の料理は同じ人間が作ったとは思えないほどである。


刹樹は単純に慣れてないだけだったので、味付けが妙に濃いとか、焦げた食材が入ってた程度だったが。


そんなわけで弁当箱を受け取り、遅刻しない程度にのんびり歩く四人。


こういう時勇誠は、いつまでこう言うことが出来るのかと思う。なにせ計五人の彼女がいると言うのは、普通じゃない。いつまでも皆と一緒がいい。それが勇誠の出した答えの根底にあるもので、それを皆が受け入れてくれたからこそ今があるのだが、たまに不安に襲われる。


「どうしたんだよ勇誠」

「いっで!」


バシーン!と空の馬鹿力で背中を叩かれ(空の身体能力は人間のソレを、ほぼ間違いなく凌駕している)悲鳴をあげる、


「ゲホッ!ゲホッ!」

「おいおい勇誠。そんな大袈裟に咳き込むなよ」

「ばか!お前のバカ力で背中ぶっ叩かれたら、誰でもこうなるわ!」


と被害に文句を言うものの、空はちゃんと力を押さえたつもりらしい。力を押さえてこれでは、じゃあ本気やったら背骨が粉砕されてそうだ。勘弁してほしい限りである。


「空先輩の力は人類の水準を大きく上回ってますし、仕方ないですね」

「おい刹樹。お前サラッと失礼じゃないか?うん?」


刹樹の一言を、空は聞き逃すことはしない。空は耳もいいのだ。目も良い(確か検査してないので細かくはわからないが、2.0は確実に越えてるらしい)が。


しかしそんな空は勇誠を改めてみて、


「んで?なに暗い顔してんだ?」

「いや、今日の数学の小テストを思い出してさ」


なんて言う空に勇誠はそう返し、数学の小テストの件をすっかり忘れていた空は絶望と共にムンクの叫びをあげるのだった。


因みに空はどの科目も赤点ギリギリか、赤点常習犯である。





さてそんなわけで平穏な一日を終え、夕食を終えた勇誠は、妹に寝ることを伝えると布団に入る。


今日も変わらぬ一日だった。今日はさっさと寝て明日に備えよう……と思ったその時、


「何寝てるんですぁ!」

「ほげっ!」


ウトウトと眠りの世界に入り始めた瞬間の怒鳴り声に、勇誠は変な声を出しながら起きると、


「く、クルルーラさん?」

「はい。クルルーラです。と言うわけで勇誠さん?何普通に寝ようとしてるんですか?世界救いにいってくださいよ!」


だって明日学校あるし……そう勇誠が言うと、


「そこは抜かりありません。あくまでも魂だけを向こうに飛ばすので、転移すればその間こちらの肉体は休息します。寧ろ普通に寝るよりしっかり休めますよ?因みに向こうで怪我したりしてもこちらの肉体には影響ありません。一回戻ってきて向こうに戻れば綺麗さっぱり治りますよ」

「何でそう言う所だけ根回し完璧なんですかね」


勇誠はブツブツ良いながら、一度身体を起こす。


「でもクルルーラさん。オルトバニアにいくのは良いですけど、服装はどうにかならないんですか?昨日行ったらパジャマのままで出ちゃって」

「服ですか?服は転移する際のイメージで決まりますからねぇ。適当に普段の私服のイメージをしながらいけば良いんじゃないですか?オルトバニアって結構多国籍と言うか、初期の頃に勇者に選ばれた人達がその辺の文化を自由に発展させてたりするので結構服装とか幅広いですし」


そのせいで魔王討伐より街作りに精を出したり、辺境でスローライフ送りだしたりして、結構こっちとしても苦労してるんですよねぇ。と言うクルルーラを尻目に、勇誠は普段の私服をイメージする。基本的にジーパンにTシャツとジャケットの組み合わせなので、それをイメージしながら、


(転移!)


そう心で念じ、バタンとそのまま後ろにひっくり返る。それをクルルーラは見送って、


「眠ってるみたいだろ?死んでるんだぜ。なーんつって!」


アッハッハッハ!と高らか笑う。そこに、


「お兄ちゃんうるさい!」

「え?」


バン!と扉が開き、入ってきたのは可愛らしい女の子。


名前は鶴城つるぎ 勇実ゆみ。まぁ分かると思うが、勇誠の妹である。別に血の繋がっていない義理の妹とか、そういう設定は取り合えずない。まぁ顔は可愛らしくて、結構重度のブラコンな上に、勇誠とは余り似てないので、良く一緒に歩いてると、恋人に間違われることがあるが、まぁそれは余談。


『……』


さて勇実から見た状況だが、部屋には兄が寝ており、そこには見知らぬ変な服装をした女が一人大騒ぎしている。明らかに異常事態であった。


「ど……」

「ど?」


泥棒!と叫びながら、勇実は勇誠が何時もドアの横に立ててある竹刀を掴み、クルルーラに兄直伝の剣道で襲いかかる。


「ひぇえええ!ちょっと待ってください!誤解です!誤解なんですぅううううう!」

「兄の部屋に知らない間に入ってる奴をなんて言うか知ってる!?不審者って言うんだよ!変な格好までして!」

「こ、これはうまれつきですぅううううううう!」


とドッタンバッタン大騒ぎして、家中ところ狭しと暴れながら、二人は夜明けまで追いかけっこをした挙げ句、勇実によりクルルーラは竹刀でしこたま殴られた上にビニールヒモで何重にも縛り上げられて床に転がされる羽目になるのだが、それは勇誠のその後に大きな影響を与えることになる、出会いの物語を語ってから、語ることにしよう。

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