第3話去る者追わず
森に戻り自分だけの大切な大切な塔を大事に大事に登っていった。
彼の中で大事なものは、この塔からの景色と、デズだけだった。
いままでに大事なものがあったかを彼はゆっくりゆっくりと心を落ち着けながら、記憶をたどる。
確かに僕はいままで、デズのことだけを信用してきた。幼い頃は、いじめっ子から守ってくれて、今でも街の人間から嫌がらせを受けると彼が守ってくれた。くだらない話だって聞いてくれるし、ぼうっとしていても頭をひっぱたいたりしたことはない。
彼も、親とは縁を切っている。どんな理由かは知らないけれど。ただ、自分がデズを大事に思うように彼も僕を一番に大事なのだと思っていた。あの女を優先したことを僕には理解ができない。
僕自身がここまで彼に執着しているのは、恋心ではない。僕は性的にも女性が好きだ。いままで二人ほどガールフレンドができたことがあるが、長くは続かなかった。
僕が、うまく話に集中できないこと、デートに遅れること、もらったプレゼントをなくすこと、奇妙な話をすること、全部僕の欠点であり彼女たちそして街のみんなが僕を嫌う理由だ。
そして大好きな親友でさえそれを理由に離れていった。離れていった人間にしつこくつきまとってはいけない、これは僕のポリシーだ。
小さい頃、夜お金だけを渡して家を出ようとする母を後から追いかけ、泣いて服を掴んだら、頬をぶたれた。そして多めにお金を渡して、
「これで勘弁してよね。」
と呆れたように僕を払いのけて出ていったきり、帰ってきていない。十一の時だった。
それから学校を卒業して、引き取ってもらった遠い親戚のギャンブル漬けのおじいさんの家からも解放され、ひもじくもそれなりに自由な生活をしていた時、街で当時の自分の記憶からはだいぶ老けた母を見かけた。
母は、十歳ぐらいの小さな女の子の手を取り、少女の反対側の手を中年のスーツを着たスッキリとした男性が握っていた。三人共が穏やかで幸せそうな顔をしていた。
母は自分を寒く何もない古い家においていって、自分以外の人と幸せな家庭をつくったんだ。せめて不幸であって欲しかったと思った。十八のことだった。
そこから僕は、自分から離れていく人間を追いかけたり必死になることはやめた。
必死に追いかけても、彼らの中から自分という存在はいとも簡単に消えてしまうからね。
そんな過去のトラウマからはいつまでも逃れられない。
思い出すたびに、みぞおちの辺りがギリギリ絞られている感覚になる。
今日はどうもかなり疲れたらしい。眠気には逆らえず、深い眠りについた。
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