第2話心のスイッチ
ルイは今までまともに仕事が続いたことがない。今も、お金がなくなったら引越し屋や荷物運びのアルバイトをしている。デズには隣町のスーパーで働いていると嘘をついているが、実際は仕事らしい仕事はほとんどしていない。
なんせこのアポヴという小さな街は人の出入りがほとんどない。二ヶ月に一人か二人ほど、都会の生活に疲れた人がリュックサック一つでふらりと入ってくる。彼らの家に元の家から運ばれてくる家具を運んだり、家が古くなって街の中で別の家に移り住む人のお手伝いを一ヶ月に一度ほどしている。
街から出ていく人も時々いるらしいが、出ていく人は誰に挨拶をするわけでもなく、ただ静かに消えていってしまう。
引越し屋に手伝ってもらうことも、近所の人に挨拶するわけでもなく、誰にも気付かれないようにすぅっと消えてしまうのだ。
彼は小さい頃から、いじめられっ子だった。身長は比較的高い方だが痩せ型でひょろっとしていた。髪は赤く、少しばかりそばかすがあった。
片親で、若い母親に育てられた。父親の存在は知らない。家は貧しかったし、母親はほとんど家にいなかった。
小さい頃から、字を読むのが難しかった。字がばらけて見えるため、学校の勉強は難しくいつも成績は悪かった。一つのことに集中することが難しく、いつもどこかに気が散ってしまう。学校の先生にはよく、話を聞きなさいと怒鳴られた。
ルイは誰が話をしていようと、常に上の空だ。だからと言って何かを思い悩んでいるとかではなく、ただ何も考えていなかった。まるでここではない別の世界に気持ちを吸い取られたような、ぼうっとした目をする。
家庭環境は、誰もが認める貧困状態で母親は家に帰らず育児放棄、発達障害もちでいじめられっ子。誰か優しい大人が手を差し伸べていれば、少しでも豊かな子供時代を過ごせただろう。
しかし彼には誰の手も差し伸べられることはなく、成長した。嫉妬深く寂しがりやだが優しい青年になった。体は今でもひょろっとしている。
そんな彼にはいささか暴力的な面も見られた。その暴力的な面は、普段は奥手で優しい彼をあるちょっとしたことで豹変させてむき出しになる。何かスイッチのようなものがあるのだろう。
今夜はデズが今イイ雰囲気だという女の子を家に呼んで、三人で夕食をとる予定だ。
ルイには遅刻癖があるため、昨晩デズに
「必ず、何がなんでも、夜の八時には家にいてくれ。夕飯は僕が用意する。君は、君が持っている中で一番綺麗な服を着て、ただリビングで座って一緒に食事をしてくれればいいから。」と言われた。
もちろんだと答えた。
「あと、君が話す少し奇妙な話や、ぼうっとした君の目は僕は嫌いじゃない。でも君自身も気付いているように、街の人は皆君のそわそわしたりぼうっとしたり、何を考えているのかわからないような発言や態度は好ましいと思っていない。明日の晩だけは、静かに普通の人になってくれないか。」と、デズは付け加えた。
その時、ルイは普通の人ってなんだよ。と少しむすっとしたが、一番の大事な友達がとても大事なことを控えてるのだから、数時間だけは我慢しようと心に決め、「ヘマはしないよ!」と返した。
そして、約束の夜の八時になった。家には、デズと女の子の二人、温かいデズの手料理を目の前にルイのことを待っていた。デズには怒りの感情がふつふつと湧き上がっていた。
ルイが食卓についたのは九時だった。
「ごめんよ、つい釣りに夢中になっていたんだ。」
一時間の遅刻。第一印象は最悪だ。
到着後、怒りを言葉にはしていないものの表情には丸見えのデズと、申し訳なさそうに肩を小さくして座るルイ。女の子は気まずそうに愛想笑いをしながら、
「遅刻のことはあまりお気になさらず。美味しくいただきませんか。」
と自己紹介も含めて女の子が話を始めてくれたおかげで少しだけ空気が和んだ。
彼女はサリーという女の子で、年齢は二十歳、両親が経営するレストランでウェイトレスをしているらしい。
その後、話を進めるうちに、自然とデズとサリーにしかわからない話が増えてきた。ルイは少しずつサリーに対して苛立ってきてしまう。反抗心と嫉妬心から、デズとの小さい頃の話をしてサリーを話から追い出してやろうとした。
また徐々に空気が悪くなっていったが、時計は十一時を知らせていた。食事会もお開きモードだ。席を立ったサリーが今晩はうちに泊まりにこないかとデズを誘っていた。
それを見たルイは激しい嫉妬を覚え、
「出会ったばかりで彼の何を知っている、さっさと帰れ!!」と、きつく握られた拳を震わせながら大きな声で怒鳴ってしまう。サリーはびっくりしたあと、顔を真っ赤にして無言で足早に帰っていった。
サリーが何か一言でも言い返していたら、おそらくサリーは少なからず出血していただろう。ルイはそれぐらいの狂気に満ちた顔をして怒鳴っていたのだ。
サリーが出ていったあと、デズは走って彼女を追いかけたが、すぐに戻ってきた。それはそうだろう。あんな恥ずかしくて怖い思いをした若い女性が、今のはなかったことにしてくれ、また日を改めてデートをしよう。と言われても、ええそうね。と返せるわけがない。
デズは、ルイに向かって怒鳴りはしないが大きめの声で、怒った。
しかしいつのまにかデズの顔は怒りから失望に変わっていた。
「一緒に住んでいる家族のような君を彼女に紹介したかった。ただそれだけだった。彼女に自分をアピールするためだったら二人だけで食事をするよ。君を呼んだのにはしっかりと理由があったからなんだ。ただ、君は僕の恋愛に賛成してくれるような人ではないとわかった。」
「君とはもう一緒にいれない。お互い別で住まないか。僕が三日以内に出ていくことは可能だが、経済力のない君がここの家賃を払っていけるとは到底思えない。ここよりも安い賃料の家を探して、君に出ていってもらうことの方が現実的だ。」
と、あまりにも冷静で感情というものが全て抜けてしまったような声で言われたルイは驚いて何も言えなくなってしまった。しばらくの沈黙の後、
「それでいい、ということで話を進めよう。とりあえず今夜はお互い疲れているから寝よう。ただ、必ず三日後には君には出ていってもらうことになる。それまでに荷物をまとめておいてくれよ。おやすみ。」
ここで二人の会話は終わった。
ルイは呆然としながら、ベッドに横たわった。自分はなんてことをしてしまったんだという気持ちと、あれはあの女が悪い、自分は何一つ悪くないという気持ちが身体中をぐるぐるとしていた。朝になり、塔に登って時間を潰したり、最近ハマっている釣りをしてというのを何回か繰り返すと、気付いた時にはもう三日が経っていた。
家を出なければと荷物を取りに帰った時、そこには大きな荷物を持ったサリーがいた。どうやら、僕の次に住むのはサリーだということらしい。またあの晩と同じ苛立ちを感じ始めた時、デズが荷物をぼんっとこちらに投げた。勝手にまとめたのだろう。
デズは、サリーを守るように、彼女を部屋の奥へ追いやって、
「いままでありがとう。君もスーパーの仕事は楽じゃないだろうが頑張ってくれ。」
といって、ドアを思い切り閉めた。
ルイはお得意のぼうっとした目をしながら森の奥へ歩いていった。
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