アポヴの大きな塔

サチ

第1話ここからの眺めは最高だ。

 この街は小さくて、周りは海と森に囲まれている。

 街には、バスも通っているし一両だけの電車もある。生活に必要な雑貨を売る店の品揃えは十分にあり、花屋も本屋もある。

狭い街だが、程よく人もいる。街からわざわざ出なくてはならない理由がない小さな街。街の名前は「アポヴ」。


 その街の森の奥には、大きな塔がある。その周りには広いのか狭いのか、見る人によっては変わる中途半端な広さの庭園があった。その庭園を誰が管理しているのかは誰も知らない。しかし誰かが手入れをしているらしく、芝は綺麗に、二種類のアネモネと三種類のバラは綺麗に咲いていた。

大きな塔に関しては、塔というより古びたビルのようなものを想像してくれるとわかりやすいだろう。しかしこの街では塔だと言われているので塔ということで話を進めていく。

 庭園を守るように囲んでいる森を抜けることは、とても難しいようで今まで誰も実際に塔の上から街を見下ろしたものはいない。しかしその大きな塔の屋上からの景色はこの世界中のどこよりも綺麗な景色が広がっている、との噂が昔から街の定番であり一種の都市伝説のようなものだった。

 数年前、庭園に入ったものの塔には登らずに帰って来た少年がいたが、街から消えてしまったので庭園についても大きな塔についても誰も知る者はいない。


 そしてその街には、今回の物語の主人公であるルイという青年も住んでいる。

彼はその大きな塔も小さな街も大好きだった。彼は、一種の発達障害のようなものを持っているようなのだが、この小さくて古い街ではなかなか理解されず変人扱いをされている。ちょっとした嫌われ者だ。

自分を嫌う人間を好きになることは難しい。もちろん彼もそうだ。物語の主人公だからと言って善人すぎるほどの優しい心を持ち合わせているわけではない。彼は、この街の人間は大嫌いだった。

 そんな彼にも、一人だけ大事にしている人間がいる。幼馴染のデズだ。

彼とは同じ部屋に住んでいる。シェアハウスというやつだ。

彼は誰にでも優しく、年齢はルイと同じ二十三歳。もう二年ほど恋愛をお休みしていたから、最近恋愛を再開したところらしい。週末の夜は必ず、街の若者が集まるバーにいつも着ているものより少しだけ良いジャケットを着て出かけて行った。

ルイはデズをものすごく好いていた。デズはたった一人の自分の理解者、そしてこの街で、いや世界中で一番安心のできる心のよりどころだ。


 しかしルイには秘密がある。親友のデズにも言っていない大きな秘密だ。

この街には、誰一人としてあの大きな塔の上から街を見下ろしたものはいない。そういうことになっているが、実はたった一人だけ塔の上で一日のほとんどを過ごしている人間がいる。それがルイなのだ。

 彼は、毎朝四時に起き、軽めのサンドイッチを作って人目につかないように塔に登っていく。塔から街を見下ろしながら、「ここからの眺めは最高だ。」と独り言を言いながらサンドイッチをかじる。そうして彼の一日は始まる。

午前中の間に、アネモネとバラの世話をし、芝が伸びていたら刈り、昼寝をしながら優越感に浸る。午後には書き物をしたり塔を降りて海で釣りをした。帰る時間はいつもバラバラだが、家に帰るとデズの帰りを待ちながら二人ぶんの夕食を作る。夜は、家で寝る日もあれば、週に三回ほどは、夜勤だとデズに嘘をついて塔に上り塔の上で眠りについた。そんな生活をしている。


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