野球部マネージャー、野球ボールに転生す

鷹角彰来(たかずみ・しょうき)

勝利! ワーウルフチーム

 あと1つ勝てば、甲子園出場だ。


 入学以来ずっと見てきたからわかるけど、4番の打田(うちだ)君のバッティングは絶好調の極みだ。明日もスタンドへホームラン決めてくれそう。


「球名(たまな)、俺のバットで甲子園連れてってやるからな」

「うん!」


 試合後の私達は並んで歩く。少しバッティングセンターに寄ってから学校へ帰るつもりだ。


「あれ? 何か、人だかりが出来てる」


 ビルの前に人が群がっている。彼らは心配そうな顔で建物を見つめている。


「すいません。これ、何で集まってるんですか?」

「ああ。銀行強盗が立てこもってんだよ。100億円出せとか、彼女がほしいとか、ずっと叫んでるよ」

「へぇー、面白そうだな。球名、もっと前で見ようぜ」

「えっ? ちょっと、打田くぅん?」


 打田君が私の手を引っ張って、強引に人ごみをかき分ける。


「俺が就職できないこんな世の中はおかしい!」


 チーズ牛丼をおかわりしそうな顔の銀行強盗が窓から顔を出している。


「ああいう人って、高校時代何やってたんだろな」

「うーん。文化系かな」


 私達が野次馬していると、銀行強盗がマシンガンを出してくる。


「俺以外の奴、全員死ねぇ!」

「うわぁ!」

「きゃああああ」


 マシンガンが炸裂する。とっさに打田君が私をかばうが、彼の胸を銃弾が貫いて、私の頭にも……。


***


 目覚めたら、一面の緑。私の背丈の倍以上の草だ。こんな大きな草あったっけ?


「おーい! ボール捕ってこーい」

「ハァハァ。どこまで飛ばしてんだよー」


 荒い息遣いの男が近づいてくる。野球をやっているのかな。


 すると、大きな毛深い手が現れて、私の体をつかむ。手足を出して暴れようとするが、手も足も出ない。私の体、どうなってんの?


「ホッ。なくさなくて良かったぁ」


 私の目の前に、おっかないオオカミの顔。


「きゃああああああああ!」

「しゃ、しゃべったあああああああ!」


 私とオオカミが同時に叫んだ。


***

 

 ワーウルフ達の話を聞くと、ここは人間やモンスターが仲良く暮らす異世界らしい。私はこの世界の野球ボールになってしまったのだ。って、今の私は全裸? チョー恥ずかしい!!


「ゴルドラっていう大穀倉地帯を1年間使える権利が得られる野球大会が、毎年夏に行われるんだ。その大会で優勝すれば、納税が楽になんだけど」

「俺ら1回戦負けばっかだかんなぁ」


 目の前のワーウルフ達は屈強な体つきなのに。元の世界なら、すぐにプロ野球入り出来る体だよ。


「強いのはどこ?」

「今年の優勝はエルフ。去年はドワーフで、一昨年はオークだな」

「あんなクッソ速いボール、打てっこねぇよ」

「しかも、打球が銃弾みたいに飛んでくるもんなぁ」


 負け犬根性が染みついた奴らだ。まるで打田君入部前の野球部みたい。ここは私が人肌脱がないと。ただのボールだけど。


「みんな情けないね! 今から、私の言う通り練習して! そしたら、絶対に優勝できるから!」

「魔力のあるボール様だから、言うこと聞きますだぁ」

「お、お願いします!」


 ワーウルフ達はひざまずいて尻尾を振って、私に忠誠を誓う。弱小オオカミチームをマネージャーの私が強くするよ!


***


 砂漠や海岸や雪山の練習、カーボローディング、太極拳、マッスル体操などを経て、ワーウルフチームは見違えるほど強くなった。


 優勝経験のあるドラゴン、ドワーフ、有翼人のチームを倒し、ついに決勝戦に進出した。


 相手は、下馬評を覆したリザードマンのチームだ。


「俺らには魔球様がついてる! 絶対に勝つ、勝つぞ!」

「勝つ! ウォ―ン!」


 空に向かって勝利の遠吠え。本当に強くなったね、君達。私、涙が出そう。


 試合では、ワーウルフチームは私をボールとして使う。私はナックルばりに揺れて、相手のバットから逃げてきた。今日も相手のタイミング外しまくるぞ。


 リザードマン達は一本足打法で素振りしている。まるで打田君のフォームだ。彼、どうなったのかな。打田君、会いたいよ……。


「プレイボール!」


 私が投げられる。上下左右に揺れて、相手の目を惑わす。初球ストライクいただき!


 あれ? 私が逃げたところにバットの芯がある。そのバットには、私と同じく2つの目が合った。


「球名か?」

「打田君?」


 お互いよく見ていた瞳だ。バットが打田君と気づいた時には、スタンドに入っていた。

 

 先頭打者初球ホームラン。


 打田君に再会できら喜びと相手に打たれた悔しさで、胸の中が荒れたグラウンドになった。


***


 結局、この試合はリザードマンチームに3-34で大敗した。リザードマン達は打田君の指導のおかげで、メジャーリーガーの強打者に成長していたのだ。


「球名、来年も対戦しようぜ!」

「うん! 今度は勝つんだから」


 私達はそれぞれのチームに分かれる。ずっと一緒にいたいけど、私はワーウルフ、打田君はリザードマンチームから必要とされている。仲間を見捨てることは出来ない。


「魔球様、悔しいです!」

「来年はあいつらをこてんぱんにやっつけたい!」


 ワーウルフ達は泣きじゃくりながら鼻をすする。


「よしっ! 明日から猛特訓するよ!」

「おう!」

「何でも来い!」

「ウォー!」


 遠くで、バットの打田君が笑って見ている。来年は笑えなくなるから、覚悟の準備をしといてね!

(終わり)


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野球部マネージャー、野球ボールに転生す 鷹角彰来(たかずみ・しょうき) @shtakasugi

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