第27話 ある朝、機知によって策を練る①
「逢坂さーん」
そろそろ帰国をしようと荷物をまとめていると、ナナカの取次ぎも待たずにずかずかと遠山さん――いやトーヤが部屋へ入ってきた。明るめの茶髪は今日も元気に揺れていて、外連味の無い爽やかな笑顔は昨日と変わらない。人懐っこくて懐にするりと入り込む、営業の鑑のような人だ。
が。昔馴染みに対して屈託がないといえば聞こえはいいけど、ちょっと遠慮がないのではと私の眉根が寄る。仮にもここは隣国からきた王の従者、すなわち客人の部屋である。しかも女の。
既にヴェンディは身支度を整え部屋から続くテラスで朝のお茶を楽しんでいた最中だったので、無遠慮に部屋を訪れたトーヤにあからさまに表情を曇らせた。給仕をしていたナナカは慌ててトーヤのもとへと駆け寄った。
「ええと、トーヤ様でいらっしゃいますね。オーサカ……リナ様に何か御用でしょうか」
「あ、君は昨日の、逢坂さんの侍女さん。おはようございます」
「おはようございます。ご連絡いただければお迎えに上がりましたのに」
「いえいえ、お構いなくー。ちょっと逢坂さんにお知恵をお借りしたくて来ただけですから」
ね、と笑顔を向けられても困る。ヴェンディには昨晩のうちに話をしておいたからよかったものの、それでも馴れ馴れしすぎるトーヤの態度に真っ黒オーラが出てこないかひやひやするじゃないか。
ちらりとテラスのヴェンディに視線を送ると、なんとか気を取り直して穏やかにお茶を飲んでいる風に見せかけている彼と目が合った。眉尻を下げて行っておいでと目線で伝えられはするが、その紅いガーネットの瞳にはあまり余裕が感じられない。
こりゃ早く済ませて追い返したほうがよさそうだ。そういえば前世でもこっちの都合お構いなしに伝票回してきたり、営業のアイデア聞きに先輩をとっ捕まえていたりしたっけ。憎めない性格って得だなぁなんて思ってたけど、絡まれてた人にとってはそこそこウザいやいや面倒だったんじゃ……。
「おはようございます。本日、帰国予定ですので手短にお願いできますか?」
「わあ、ありがとうございます。助かりますよ~、さすが逢坂さん」
「ご用件は?」
ぱあっと表情を輝かせて私の手を取ろうとしたトーヤから、私は一歩退いてテーブルを指した。お仕事のお知恵を拝借というのであれば、ここで十分なはず。ヘッドハンティングの話であれば場所を変えたがるかな、と考えたからだ。
しかしトーヤはあっさりと頷いてテーブルに着くと、私が座る前に実はですねと話しを始めた。
「税収の安定化について、アルセニオ様からアイデアを出せって言われちゃって煮詰まっちゃったんですよー」
「……税収?」
「そうなんです。いや、こんな話をヴェンディ様の秘書さんにするのも何なんですが、うち最近ちょっと出費が多かったんで」
お恥ずかしい、と頬を掻くトーヤに私とナナカは目を見合わせた。確かに先王が亡くなって葬儀を出したり、新王の豪勢な戴冠式をやったり、軍備の拡張と共に城下町の整備を急がせたりとなかなかの出費になるだろう。昨夜ヴェンディから聞いた話とも合うし、こりゃ実際は相当苦しいのかも。
金額を想像して、きっとうちで扱う案件とは桁が一つ二つ違うなと諦める。人間界との協働事業にしたって、この城や城下町に比べて規模が小さいからうちも折半で費用が出せるんだし。
私が自国のわびしい懐事情に思いを馳せている間も、トーヤは話を続けていた。
「城下町はご覧になりました?」
「ええ、昨日は少しお土産を買いに出ました。活気があって、にぎやかな商店街ですね」
「うちの国でも有数の大きな業者さんに入ってもらってますからね。お店が並ぶ通りも彼らの要望を聞いて、随分頑張って作らせたらしいです」
でもね、とトーヤが続ける。
「その分やっぱり費用がかさんじゃって。それなりに大きな商店さんに対しては売上にちょっと乗せて課税はしてるんですけど、やっぱり反発もされるじゃないですか。街が大きくなって浮浪民が流入してきて、警備やらなんやらに余計にお金がかかるって怒り出しちゃってるひともいるんです。かといって全然関係ない地方の税率を上げると、そっちも反発されるでしょう?」
「まあ、でしょうねぇ……」
福祉に使われるという名目で取られる税にだって反発があったんだし、自分たちに恩恵があるのかないのか分からない城下町の整備のために税金上げられたら庶民は嫌だろうなぁ。浮浪民対策にしたって、あんな賄賂が横行してりゃ余計なお金もかかるってもんだ。
でもなんでそんな話をこちらに持ってくるんだろう。頭の中で首を傾げていると、昨夜のクローディアの怒りに満ちた横顔が蘇った。
ヴェンディの側近を欲しがるアルセニオの策略か、それとも本当に困っているのか。話の素振りでは本当に困っているようにも見えるけど、策略ならヴェンディの前であからさますぎやしないだろうか。
そっとナナカを伺うが、彼女も真意を謀りかねているのかいつもより戸惑った表情のままだ。でも目はしっかりと油断なくトーヤの後頭部を見つめている。
「それを何とかうまい感じに出費を補填して税収を上げる方法って、なんかないですかね……?」
そこまで言うと、突然テーブルの向こうでトーヤが祈るように手を合わせた。明るい前髪の隙間にはこちらを伺うような上目遣い付きで。
あざとい。あざと男子だ。
そこでピンときた。
これ、そういえばこの人の得意技だ。これ、何で忘れてたんだろう。
可愛げさをアピールするような表情に、私は唐突に営業補佐の子がなんやかんや対処したトラブルを自分の手柄にした事件を思い出した。お知恵を拝借とか言ってるけどこれ、そのときと同じで丸投げってやつじゃない? アイデア出させるだけ出させて持ってく気だ。
昨晩、ゆっくりでもたどたどしくても前世の話をヴェンディにしたからだろうか。薄ぼんやりした前世へのこだわりが消え、記憶がはっきりした分この人の細部がどんどん思い出される。そうだ、こういう奴だったわ。
なんだかすうっと頭が冷えていくのが分かった。
でもこれは逆に利用できちゃうのでは? 私の中の黒い私が囁く。アルセニオがヴェンディの失脚を狙って何か仕掛けてくるなら、その前にちょっぴり足元を崩してやれるかもしれない。
私はこめかみから流した髪を人差し指でくるくると弄んだ。
「こんな豊かで大きな国の方に、私たちが何か提案できることなんて……」
「ご謙遜ですよー。逢坂さんがありとあらゆる手を使ってヴェンディ様のお城を立て直したって専らの噂ですし。逢坂さんだけが頼りなんです。同郷のよしみで、なんかアイデアないですかね」
「そうですねぇ……でも、所詮ニンゲンの女の浅知恵ですしねぇ……」
「そんな、謙遜しすぎですよう。なにかあるんですね、さすが逢坂さん」
「いえいえそんな……でも、そうですねぇ……ではこういうのはいかがでしょうか」
謙遜じゃないけど謙遜でいいや、もう。私は思い切り勿体ぶって、一つの案を口にした。
でも、私の「アイデア」は最後まで話し終わらないうちにトーヤの笑い声で中断させられた。
「ちょ、逢坂さんそれ本気で言ってます?」
「ええ、本気ですけど……何か?」
「いやぁ、なんか、意外です。腕、鈍ってません?」
「そうでしょうか」
くすくすと肩を揺らしながら、トーヤはねえと後ろのナナカを振りかえった。相槌を求められた有能な侍女は、はいもいいえも言わずにただにっこりと微笑だけを浮かべている。
私はしょげた風に眉を落として見せた。
「アルセニオ様は威風堂々とされてご立派ですけれど、民には怖がられているかもしれないのでギャップ萌えといいますか、そんなご立派な方に褒めてもらったら皆さんさぞ嬉しくなってしまうのでは……と思ったんです」
「それは既にもう行っているというか、高額の納税をしてくれた方々は表彰してますしね」
「それ以外にも、地方を視察される折に特産物などを生産している方々を褒めて差し上げたり、お城でたくさん買ってあげて宣伝してあげたりするのはどうでしょう」
「表彰じゃなくて褒めるんですか? なんか逢坂さんのアイデアってお母さんぽいっすねぇ。女性的っていうか、なんていうか」
「そうでしょうか……やだ、恥ずかしい」
あからさまにこちらを小馬鹿にした声音に気付かぬふりをし、私は両手で頬を覆った。爪の影からトーヤを見れば、大笑いをしたいのを我慢しているように鼻を膨らませている。
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