第28話 ある朝、機知によって策を練る②

 ま、こんな程度のアイデアを「いい考え」だと言われても困るけど。


 トーヤ個人の考えでここに来たのか、アルセニオの企みのうちのことなのかわ分からない。しかしこの話をアルセニオに持ち帰ってトーヤが呆れられるも良し、ヴェンディの秘書はこの程度と侮られて手を引かせればなお良し、そんなことでと実施してみてこちらの国への動きが遅くなればもっと良し。話を持って行かなければいかないで、別にこの国の財政がちょっと厳しい状態のままだってことには変わりないのでそれでも良し。

 ただしこんな小細工に引っかかるようであれば、ヴェンディの陣営を切り崩すなんてこともそうそうできないだろう。問題は引っかからなかったときだ。親戚としてアルセニオに心を寄せているヴェンディを必要以上に傷つけないように、なんとか戦や反乱を避けなくちゃいけない。

 それはどうやったら、とトーヤの様子を伺いながら脳内をこねくり回していると、不意に背後から影が落ちた。ふわりと大きな黒い翼が私を包んだと思うと、頭上でなるほどというヴェンディの声がする。

 あ、とナナカが声を上げた。私の口からも変な声が漏れる。――しまった。そういえばこのひとに説明してなかった。トーヤの表情が凍り付いたように見えたのは気のせいか。


「それはいい考えだよ、リナ。我が国でもその案を採用しようじゃないか」


 ヴェンディは私の座る椅子の背もたれに腰を預け、私の肩に腕を回しながらなぜか自慢げに胸を反らせている。


「トーヤ君とやら。どうだい? 私の有能なセクレタリの案。これならアルセニオも諸手を上げて賛成するだろうね。あの強面だが彼はとても優しい良い男だよ。きっと民も彼に褒められれば有頂天になってしまうさ」

「ヴェンディ王……?」


 突然話に割り込んできたヴェンディにトーヤは戸惑いを隠せないようだ。そりゃそうだろう。こんな生易しいアイデアを全肯定な上、アルセニオに対しても親愛の情を惜しまない隣国の王なんて、私が彼の立場ならアタマオカシイと思うに違いない。

 しかし当のヴェンディは思いっきり本気だ。今までの経験から、断言できる。本気でこのアイデアを良いと思ってるんだ。頭を抱えたい衝動を堪え、ヴェンディを見上げれば予想通りなんともいえぬドヤ顔である。

 乱入してきた黒翼の魔王は、きょとんとしたままのトーヤに構わず私の頬に細い指先をあてがった。


「さすがだね、リナ。城で仕事をしている時間じゃなく私と旅行中だというのに、しっかりそんなことを考えていてくれたとは。さあ、早速アルセニオにも助言しに行こう」

「いえ、ヴェンディ様。これはアルセニオ様やこの国の方々の問題ですし、私どもが口を挟んだら内政干渉として叱られてしまいます。ついでに今は旅行中ではありません」

「なに、アルセニオと私の仲さ。どうということもない」

「子ども同士の話ではありませんし、どうという事もあると思いますけど?」


 私たちが言ったら小細工にならないじゃないか。とも言えない。できれば早くこの国を立ち去り、城に戻ってクローゼやクローディアも含めて対策を練ったほうが得策だ。さっさとトーヤを追っ払ったほうがいい。

 ええい、仕方ない。


「それはそうとヴェンディ様。そんなにお顔を近づけられては、私……」


 必死で恥じらい顔をつくり私は魔王の首に腕を絡ませた。おや、とガーネットの瞳が揺れるのが見える。ダメ押しに耳元へ唇を這わせ我慢できませんと呟いてみると、密着したヴェンディの頬にわずかに赤みがさした。

 何が、とは言ってない。何が、とは。

 しかしヴェンディは思惑通り勘違いしてくれたようだ。背から伸ばした大きな翼で、まるで目隠しのように私の体を覆い尽くした。そして頬にも耳にもキスを降らせ、嬉しそうな小声でいいともと囁く。

 ――単純な王様で良かった。


「そんなに情熱的に求めてくれたら私とて否はないよ。昨晩の君も綺麗だったが、朝日の中で見る君もとても綺麗だ。さあ! トーヤ君!」

「え?」

「早速今の案をアルセニオに持って行きたまえ。君の仕事だ。我が優秀なセクレタリのアドバイスを存分にアルセニオに進言するといい。ナナカも下がっていいよ。私たちの愛を邪魔しないでおくれ」

「え? あの? ヴェンディ様?」

「はーい。さあトーヤさま、お帰りはこちらですよー」


 的確に意図を汲んだナナカがトーヤを追い立てる。状況を把握できないまま顔を赤く染めたトーヤがなんか言ってるけれど構わず追い出しぱたりと扉を閉めてくれた。

しばらく耳をそばだてていたが、ドアの向こうでひとしきり騒いでいたトーヤが諦めて立ち去ったのだろう。しん、と室内に静寂が訪れた。


「リナ様、排除完了です」

「オッケー、ナナカ。はい、ヴェンディ様、離れてくださいね」

「え?」


 絡ませた腕を解いて真顔で告げると、ヴェンディは全く訳が分からないと言った風に目を丸くしたのだった。


★ ★ ★ ★ ★


 さてその後はあわただしく帰国の支度を整え、昼食を取った後にアルバハーラ城をお暇することになった。

 ヴェンディはずっと翼を落としてしょげているが、忙しいので放置一択である。城に帰ったらちょっとご機嫌を取らねばならないだろうけど。いい加減、私が人前でデレることがないことくらい学んでほしい。

 プレゼントしてもらったネックレスを肌身離さず身に着けているのだから、これで十分私なりの「デレ」であると思ってもらえないもんだろうか。

 招待を受けて急いで飛んできたので荷物というほどの大荷物はないものの、まとめたお土産が結構な量だ。そのため帰りはお使いの竜ちゃんを呼ぶことになった。そういえば彼(彼女?)の口の中に入れてもらって戦場へ飛んだのも、なんだかはるか昔の様に感じるけどまだそれほど経ってないんだなぁ。

 小山のように大きい竜ちゃんの到着を待ちながらテラスから中庭を見下ろしていると、南館の門近くに人影がやってくるのが分かった。衛兵じゃない。大きな荷車をひいている。その荷車の横に立つひとの銀色に輝く毛並みには見覚えがあった。


「あれって、昨日のケットシーの店主さん?」


 スリだか万引きだかのコボルトを庇ってくれたひとだ。ケットシーは門に着いて衛兵に何事か話していたが、テラスの上にいる私に気が付いたんだろう。おーい、とばかりに手を振っている。私も手を振り返すと、遠目にも表情が明るくなったのが分かった。


「昨日はお騒がせしましたぁ。どうかされたんですかぁ?」

「いえいえー、昨日は大変失礼しましたぁ! こちらにお泊りと伺ったので、お土産をお持ちしたんですよぉ!」


 ケットシーは荷車に載せた籠を指した。果物やお菓子だろうか、小分けにされた箱がいくつも並び、その隣には綺麗な柄の織物なども見える。

 衛兵は取り次ぐかどうするか迷っているようだったけれど、テラスの上から客が直接答えているのだからどうしようもないだろう。私とケットシーとに視線を彷徨わせながら、困惑しきっているようだ。


「今行きます。ちょっと待ってて!」


 そう告げ室内に戻ると、ナナカの姿が見えない。ヴェンディの支度の手伝いにでも行ったのかも。私よりはるかに荷物が多いはずだし、あそこの部屋にはクローディアの荷物もあるんじゃないかな。あの二人の荷造りとなると……と考え始めてそれをやめた。

 お客さんを待たせてはいけないし、いつもお世話になっている庶務課と厨房に個人的にお土産を買いたい。あと、今夜のおやつ。

 私は急いで予備の財布を取り出し、一人で門まで向かったのだった。


 結論を言えばそれは大きな間違いだった。

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