第19話 ある朝、青天に霹靂を生ずる③
「……すいません、今のこれ、俺の失言っすね」
「いえ、クローディア様は、その……」
「デリカシーなくてすいません。でも俺ちょっと嬉しいかもしれません」
思いもかけない展開に、え、という私の呟きは声にならずに喉の奥でとどまった。
「昔から、逢坂さんが気になってたんです。逢坂さんが、その、ヴェンディ様の恋人だと聞いたので昨晩は黙ってましたけど……そうじゃないなら、ヴェンディ様のお相手が別にいるんなら、俺と……」
言い淀む彼の様子に、いくら鈍感な私でもぴんとくる。これはこのまま聞いていてはいけない。早く立ち去らなくては。耳の奥で警報が鳴っていた。
しかしまずいとは思うもののはにかむような笑顔を浮かべた遠山さんから目を離せない。
動けないままの私の脳裏に、昨夜のヴェンディの悲し気な表情が浮かんだ。
こめかみ近くの脈打つ音がどうにもうるさくて私は頭を振った。だめだ、これは聞いてしまう前に止めないといけない。
脳裏に浮かんだヴェンディに操を立てるとか、それもないわけじゃないけどそういうんじゃない。この人はあの前世を知っている人だ。この人を見ていれば否が応でもあの頃の自分を思い出す。仕事ぶりとか、自分自身の生き方とか、コンプレックスまで目の前に晒されるような、そんな恐怖感。
だめだ。これ以上思い出したくない。ごめんなさい、と口を開いた時だった。
「一緒にここで仕事しませんか?」
「……はい?」
なんですと?
おそらく私の顔はいわゆる鳩が豆鉄砲云々的な、超絶まぬけな表情になっていたことだろう。同時に遠山さんも目を丸くしている。まずい、気まずすぎる。誤魔化すために営業用スマイルを浮かべてみたけれど、とってつけたようなそれは随分と引きつっていたに違いない。
二人の間に訪れた沈黙はおよそ数秒。その数秒間が思くそ長く、耐えられなくなった私の口からは乾いた笑いが漏れた。
「あ、あははは……えーっと、すみません。いまなんと? おっしゃったんですか?」
「……ええ、うちは領土も大きいし交通の要所でもあるので交易が盛んです。ヴェンディ様のところより、きっとお給料もいいですし、と思って」
遠山さんがにっこりと外連味のない笑顔で首を傾げた。
なんかすいません。本当にすいません。でもあの流れって、勘違いしてもおかしく無くない? 経験値が足りなさすぎ? なんかこっち来てからそういう展開多かったから早とちりしちゃったんじゃないか。ヴェンディもクローゼもちょっとここへきて謝ってほしい。
脳内で必死に言い訳するけど、それを口に出すのは恥ずかしすぎる。
「アルセニオ様から伺って、せっかくならお会いしたいと思ってたんですよ。で、会ったらやっぱり同郷同士、一緒にいたほうが心強いかなって」
こっちが何も言わないでいると、にこにこと人懐こい笑顔のまま遠山さんは言葉を続けた。
「周り見てもみんなファンタジー世界のモンスターって感じのヒトばっかりじゃないですか。魔王様たちはニンゲン型ですけど、角があったり翼があったり、やっぱりなんか違うし。ニンゲンってだけで城内じゃちょっと差別的に扱われるし。あ、俺、最初に気が付いたのが場末の路地で、石投げられたりしたんすよ?」
「それは、大変だったんですね……」
「バイク事故で死んだ挙句にこれかよって、マジ凹みましたもん」
「バイク事故……」
「全身痛かったのがやっと終わったと思ったらまた石ぶつけられて、カミサマ恨んだの初めてっす」
ぼんやりと自分が転生したての頃を思い出す。確かに、うちはヴェンディが鷹揚だったから周囲もわりとほのぼの受け入れてもらえたけど、違う城だったら、あるいは魔界の人里離れたところにいたらこうはなっていなかったかもしれない。石投げられたり、暴力振るわれたり、あるいは――。
「そのあと親切なヒトに助けてもらって隠れて過ごしてたんですけど、最近になって幸いなことにアルセニオ様に拾って頂いて、仕事もいただけてやっと人心地ついたところなんです。執事の仕事で周りを見返してはいますけど、仲間がいないってやっぱり不安で……。昨日、久々に普通の人間の人に会えてめっちゃほっとしたんすよ。しかもあの逢坂さんですよ? 一緒に仕事するうえでものすごい心強いじゃないっすか」
「あの、というのはどういう……」
「めっちゃ尊敬してたんですよ。いやこれはマジです。冷静で、ちゃんと周り見てて、大きな金額やイベントでもものともせずに処理してって、まあ俺はよく叱られてましたけど。俺だけじゃなくて、あこがれてる後輩一杯いましたよ!」
「それはその……えっと、アルセニオ様のところでは、執事のお仕事を?」
「そうなんす。会社の運営とか、政治とか、前世の時も興味あったんでちょっと勉強していたことが役に立った感がありますよ! 提案するとアルセニオ様も割とすぐ採用してくださって、やりがいありますし!」
軽く話題を変えようとしたけど失敗らしい。ぐいぐいと早口でまくし立てる遠山さんは、熱っぽくアルセニオへの恩を語りだした。これは長くなるかもしれない。断るか、このまま聞く覚悟をするか。二択のうち、熱に圧されこのまま聞く覚悟を決めかけたときだった。
コンコン、とテラスの窓をノックする音が遠山さんの熱弁を遮った。
「失礼致します。リナさま、アルセニオさまよりトーヤさまをお探しであるとお使いの方がお見えです」
「――ナナカ!」
そこには城で留守番をしていたはずの、私付きである専属の侍女が立っていた。
きりっとした佇まいで窓辺に立つダークエルフの少女は、私と目が合うとにっこりと笑ったのだった。
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