第78話一八二八年、新年の予言

「巫覡殿、本当に何もないのだな。

 余の事を嫌って何も言わないわけではないのだな」


「上様、私も東照神君の巫覡としての誇りがございます。

 何か御告げがあれば、正しくお伝えさせていただきます」


「ならば今年は天災が何も起こらないのだな」


「それは分かりません」


「何故だ、東照神君からの御告げはなかったのであろうが」


「東照神君は神になられたのでございます。

 大いなる神と、卑小な我らでは、基準が違うのでございます。

 東照神君が大したことはないと思われた事でも、我ら卑小な人間には、大いなる災害という事もございます」


「ううううむ、それは、そうかもしれぬが」


「それに、東照神君が我らを試しておられる可能性もございます」


「なに、我らを試すとはどういうことだ。

 あ、いや、分かった、なにも申すな、我らの罪を忘れてはおらぬ。

 家基公を暗殺した罪、重々承知しておる。

 これからも東照神君が下される試練には真摯に向き合おう」


 やれ、やれ、嘘をつくのに慣れてしまって、心が痛まなくなってしまった。

 前世の友人知人が今の俺の姿を見たら、軽蔑するかもしれないな。

 だが、今の俺にはこれくらいのことしかできない。

 持って生まれた才能がなく、前世の知識しか武器がないのだ。


 前世で優秀だと分かっている者達を松前藩に迎え、軍師や物頭に抜擢しているが、彼らの言っている事が今生で正しいとは限らないのだ。

 前世の、俺のいた世界では、彼らのやった事を正しいという評価をしているが、それは評価した人間の価値観から見た正しさだ。

 別の価値観を持つ者が評価すれば、狂信的な極悪人と罵る可能性もあるのだ。


 なによりも、今生の歴史は流れが変わってしまっている。

 一番大きいのは、水戸家の当主から徳川斉昭を外した事だ。

 例え徳川慶彊が死んでしまったとしても、一度分家の家臣にまで成り下がった徳川斉昭を、もう水戸家の当主にしようとする者はいない。


 後なすべき事は、前世で徳川慶勝となった長弟、秀之助の思想教育だ。

 こつは優秀だけに、中途半端な知恵をつけると、尊王倒幕に走る可能性がある。

 徹底的に真実と将来の可能性を教え込んで、俺と同じ考えに染める。

 それは寧四郎と整三郎も同じだ。

 兄弟で争い殺し合うなど、絶対に嫌だ。


 まあ、俺には濃厚な前世の知識があるから、兄弟としての感覚と愛情は薄い。

 薄いが、死なさないように新生児の頃から愛情をこめてきたから、可愛いのだ。

 それに、前世のこの兄弟は、激動の幕末に翻弄され、争わされてしまった。

 それがとても可哀想だと、前世で思っていたのだ。

 夭折するはずだった長男に転生して、これほどの地位と力を手に入れたのだから、兄弟が争わない方法で、日本を変える策が思いつければいいと、心底思っている。

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