第79話一八二八年、日露開戦

 俺は西欧列強の情報を重視していた。

 特に露国に関連する情報には細心の注意を払っていた。

 俺の構想では、一番の仮想敵国は露国であり、二番目が米国だ。

 まあ、露国と米国の優先順位は、俺の知る前世の何時を基準にするかで大きく変わってしまうが、今なら両国を同時に相手にしても大丈夫だと考えていた。

 いや、今なら米国との衝突を回避しつつ露国と戦い、有利な条件で休戦できると考えていたのだ。


 今のところは、前世の記憶通り、ギリシャがオスマン帝国を相手に独立戦争を仕掛けているし、列強の介入とオスマン帝国の反発は必至だった。

 今俺がカムチャッカ半島に上陸しても、露国は大軍を派遣できない。

 いやシベリア鉄道が完成していないから、普通の状態でも大軍の派遣は不可能だ。

 だから千島のロシア人を不法入国者として逮捕し、カムチャッカアイヌを虐殺したコサックを攻撃する決断をくだした。


 これにはもう一つの思惑がある。

 一八三〇年十一月二十九日に、ロシア帝国軍の陸軍士官学校に所属する若い下士官たちが、ピョトル・ヴィソツキに率いられてワルシャワで蜂起する十一月蜂起の早期発生をもよおす事だ。


 実際に実現が可能なのかどうかは全く分からない、いや、恐らく不可能だと思う。

 時と場所と人に恵まれなければ、クーデターは成功しないと思うからだ。

 だが、よく訓練されたロシア軍の正規兵や勇猛なコサック騎兵が、極東に長躯遠征をしていれば、オスマン帝国軍やポーランド反乱軍はとても有利になる。


 露国にとって、カムチャッカ半島・アラスカ・チェコト民族管区・ヤクート自治共和国のような極東と、ギリシャでの利権やポーランドのどちらが大切かと考えれば、明らかにギリシャやポーランドが大切で、優先するだろう。

 だとすれば、極東に大軍を派遣する可能性は極端に低いし、仮に派遣したとしても、ギリシャでのオーストリア、イギリス、フランスとの利権争いや、オスマンとの戦争に勝つために、直ぐに撤退させると思う。


 もし大軍を派遣してくれたら、往復の行軍とわが軍との戦闘で、露国軍は無視できない損害をだすことになるだろう。

 そんなことになったら、ギリシャの独立戦争と露土戦争にオスマン帝国が勝利して、歴史が大きく変わる可能性もある。


 まあ、オーストリア、イギリス、フランスが介入するから、ギリシャの王政と限定した自治権は認められるだろうが、露国が弱体化してオスマン帝国が有利になる。

 そうなれば、ポーランドの蜂起も列強の支持を受けるかもしれない。


 なによりオスマン帝国がエディルネ条約やトルコマーンチャーイ条約を押し付けられることがなく、ブカレスト条約が露土間で維持されるかもしれない。

 そう考えて、俺は松前軍を千島からカムチャッカ半島に上陸させ、チェコト方面とアラスカ方面に進軍させた。

 この事は将軍や幕閣には内緒だ。

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