第63話一八二七年、博徒討伐と殺人経験二

「殿様、いかが致されますか」


 二十歳を越えている近習が、俺の命令を待っている。

 甲州博徒を隠れ家に追い込み、一網打尽にできる状況だ。

 奴らを皆殺しにする命令を下すのか、それとも水汲み人足として佐渡金山に送るのか、全ては大老参与の俺の決断にかかっている。


「自首するように声をかけよ。

 従えば死ぬまで佐渡金山で働かせよ。

 従わなければ鉄砲の的にしてしまえ。

 多くの人を殺し苦しめてきた連中だ、情け容赦は不用だ」


 それの命令を受けて、伝令が駆けていく。

 俺に迷いなどはない。

 甲府に辿り着くまでに、宿場宿場で飯盛り女を呼び出して話を聞いた。

 彼女達の親を博打に誘い借金を背負わせ、その借金の返済だと言って売春をする飯盛り女にしたのは、命惜しさに隠れ家に潜む博徒達だ。


 男を売る侠客などというのは、悪事を隠蔽する偽りに過ぎない。

 あいつらは最低最悪の人買いでしかない。

 絶対に許してはいけない腐れ外道だ。

 だから、あいつらを殺す命令を出すことに戸惑いなどない。

 罪の意識を感じることなく、平気で命令を下すことができた。


 今回降伏を勧告するのも、命を助けたいからじゃない。

 産出量が少なくなっている、佐渡金山の採掘量を少しでも増やすためだ。

 俺には、東照神君の巫覡としてどうしてもやらなければいけない事があった。

 それは徳川家康が子孫のために残した大法馬金の再鋳造だ。

 この事に触れなければ、東照神君の巫覡であることを疑われてしまう。


 歴代の将軍も幕閣も、表向きは東照神君を敬っているようで、陰では全く敬っていないのだ。

 本当に敬っていたら、家康が戦費以外では絶対に使うなと言い残した、大法馬金百二十六個を鋳つぶして赤字の補填などしない。

 特に徳川家斉の糞野郎は、自分の遊興のために多くの大法馬金を鋳つぶしてしまいやがって、今では二十六個しか残っていないのだ。


 そんな事をしていたからこそ、俺の御告げに途轍もない恐怖を感じたのだろう

 徳川家基公への罪の意識と際限のない遊興、少々可哀想な気がしないでもない。

 俺が徳川家斉を嫌いな事に変わりはないが、親の因果が子に報うのは本当だろう。

 もし一橋治済が徳川家基公を毒殺していなければ、家斉は罪の意識を持たずに生きてくことができていたから、罪の意識から逃れるために遊興に逃げることなく、普通の御三卿として平穏に生きていたかもしれない。


 その罪の意識から逃れるためもあるのだろう。

 俺の指示通り、鋳つぶしてしまった大法馬金の再鋳造に力を入れている。

 流通している文政小判を鋳つぶして作るのではなく、全国各地の鉱山から新たに送られてくる金で作るのだ。

 だから少々時間がかかる。


 大法馬金:鋳造当時は三百三十キロで慶長大判二千枚分。

 天保小判の規定量目は三匁(十一・二十二グラム)

 金の量だけでいえば、大法馬金だけで五万千八百九両分。

 百個を直ぐに再鋳造しようと思えば、五百十九万両必要になる。


「殿、降伏を拒んでおります」


 深く思考に沈んでいた俺を、近習が現実に引き戻した。

 

「降伏を拒むのなら遠慮はいらん。

 鉄砲の的にしてしまえ」

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