第64話一八二七年、日本住血吸虫

「殿様、本当でございますか。

 本当に私達を水腫の病から救ってくださるのですか」


「ええええい、静まれ、静まらぬか。

 畏れ多くも大老参与の殿様が、身分卑しい御前達に直接御話ししてくださるのだ、無礼のないように静かに聞かぬか」


 近習の一人が興奮する民を抑えてくれる。

 幼い俺が興奮する民に巻き込まれたら、簡単に殺されてしまう。

 それくらい彼らは興奮していたが、まあ、それも仕方がない。

 若くして苦しんで死んでいくと諦めていたのが、助かるかもしれないのだ。


 彼らは若くして日本住血吸虫に冒され、死ぬ運命の者達だ。

 前世で小説を書くために調べたが、今の医療では助けることができない。

 一度罹患して発病した者を助ける事などできない。

 それに、日本住血吸虫の宿主となった者を移民させれば、移民先にまで日本住血吸虫を広げてしまう可能性もある。


 中間宿主の宮入貝を撲滅させられれば、日本住血吸症を撲滅させられるが、それがこの時代では難しい事は、資料を読んだ俺はよく知っている。

 だが、大老参与となり、封建社会で権力を握った俺ならば、自然保護活動家の妨害を気にせずにやれることがある。


 宮入貝の生息地になっている、臼井沼を埋めたせさせたのだ。

 その作業には、元野非人の人足二十万人がとても役にたった。

 彼らは俺の事を良く知っているので、禁止した事を破る事がない。

 彼らに疫病の危険を話し、絶対に水に入る事を禁じ、生水を飲むことも禁じた。

 

 そして次には、海外交易で儲けられることを前提に、甲府の産業を変えた。

 徳川幕府の大老参与として、玄米の年貢を銭金の年貢に切り替えさせ、商品作物を植えて年貢を払えるようにした。

 国内消費用や輸出用の絹織物を生産できるように、水田を桑畑に変えさせてた。

 甲州八珍果と呼ばれる、葡萄、梨、桃、柿、栗、林檎、柘榴、胡桃、銀杏を植えさせて、感染の危険が大きい低湿地帯水田での農業を止めさせた。


 そして俺が繭や生糸や絹織物、甲州八珍果を買い取る約束をして、実際に収穫し収入を得らえるまでは、俺が生活費を貸すことにした。

 俺には今感染している人を助ける力はない。

 だが、これから生まれてくる子供を感染させないようにする事はできる。

 

 しかし、俺にもできない事はある。

 甲府は幕府の直轄領だったから俺の勝手にできた。

 だが、規模は甲府ほどではないが、日本住血吸虫の被害地域は他にもある。


一:利根川下流域の茨城県と千葉県、中川流域の埼玉県、荒川流域の東京都の極一部

二:小櫃川下流域の千葉県木更津市と袖ケ浦市の極一部

三:富士川下流域東方の静岡県浮島沼周辺の一部

四:芦田川支流の高屋川流域、広島県福山市神辺町片山地区と、隣接した岡山県井原市のごく一部

五:筑後川中下流域の福岡県久留米市周辺および佐賀県鳥栖市周辺の一部


 この地域の人々まで助けようと思えば、そこを幕府の直轄領にして、俺が介入できるようにしなければいけない。

 そうしなければ、他の大名家の内政に口をだすことになり、憎まれてしまう。

 いや、領地替えをした時点で憎まれてしまう。

 今ここで暗殺されるわけにはいかないのだ。

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