第53話一八二七年、八王子千人同心の願い一

「権中納言様、どうか御願いいたします。

 幕臣として、元薩摩家の者に負けるわけにはいきません。

 幕府のため権中納言様のため、働きたいのでございます。

 どうか幕閣に働きかけてください。

 上様の御耳に入れていただきたいのでございます」


 八王子千人同士の代表が、土下座同然に頭を下げてくれる。

 正直どう返事をしていいか迷う。

 これが蝦夷樺太に幕府の勢力を広げるのなら、幕府の金で千人同士の一部や部屋住みを移住させるが、俺にそんな考えはない。


 俺の望みは、史実で日本が誤った方向に行ってしまった幕末を変える事だ。

 人それぞれが、違う視点で、違う方法を、正しいと思っているだろう。

 俺は俺の信じる開国をする心算だ。

 資金に余裕があり、強い幕府の支援が期待できるのなら、千人同心に幕府と同じ待遇を約束して入植させるが、それは不可能なのだ。


 待遇に差はあるが、明治維新の後で行われた、国民皆兵制度を導入するしかない。

 全ての日本人に危機感を持ってもらい、自主独立の意識を持ってもらうためには、自らの手で武器を持って戦う覚悟を持ってもらいたい。

 税を納める立場でありながら、自ら戦って国を護る気概を持ってもらいたい。

 そういう面では、千人同心は理想に近い存在なのだが、千人同心を武士と認めてしまったら、国民全てを武士としなければいけなくなってしまう。

 一度武士と認めてから、開国後に平民に落とすことになってしまう。


 だから、俺の都合だけを押し通すのなら、身分は農民で役目中だけ武士にしたい。

 扶持を与えると約束すれば、船で米を送らなければいけなくなる。

 その負担と危険は、俺の計算ではとても大きいのだ。

 何かのアクシデントがあって、約束した食糧の輸送ができなくなってしまうと、俺は名声と信用信頼を一気に失ってしまう。

 できる事なら、無給では働かせたいのだが、それは難しいだろう。


「分かった。

 上様と幕閣に千人同心の願いを伝えよう。

 だが俺の考えは以前と変わらないぞ。

 それでも構わないのだな」


「結構でございます。

 この数年の間に、蝦夷樺太に渡る準備は十分整えました。

 軍資金も兵糧も三年分蓄えました。

 蝦夷に渡るための資金も、別に用意致しました。

 後は船の手配だけなのでございます」


「そうか、それはよく頑張ったな。

 だが余が気にしているのはその事ではない。

 千人同心の身分と扶持だ。

 扶持は与えられないし、開拓した土地も農地となる。

 それで構わないのだな」


「構いません。

 以前に御約束していただいた、郷士の地位を保証していただけたら、それで十分でございます。

 ただ、元薩摩藩の者達との差別をなくして欲しいだけでございます」


 元薩摩藩の者達との差別だと。

 何か勘違いしているのではないか。

 市井に流れている噂を確認しなければいけないな。

 いや、直接ここで確認しておくべきだな。

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