第52話一八二七年、巫覡として、幕閣

「上様、大阪道頓堀で火事が起こります。

 二月五日戌の上刻頃に、多くの芝居小屋が立ち並ぶ大阪随一の繁華街、道頓堀の角に建つ中村以上座の楽屋二階から出火すると御告げがありました。

 これは人がやる事なので、人の手で防ぐことができます」


 これも御告げするかどうか迷いに迷った。

 御告げをして対策すれば防ぐことのできる人災だから、御告げすればするほど、俺の信頼感と神がかりは低下してしまう。

 だが、火事で十八人の方が亡くなり、持ち家一五八軒、借家二三九軒が焼失し、一三九四世帯が焼け出されてしまう。

 それを見過ごす事などできなかった。


「分かった、直ぐに大阪城代と東西の大阪奉行に知らせよう」


 徳川家斉が直ぐに対応を約束してくれた。

 幕閣の者達も真剣に聞いてくれている。

 俺は御爺様に後見され父上に助けられ、大老参与の役目を果たせた。

 東照神君の御告げとして、前世の記憶を話し幕府を動かすのなら、将軍の反対すら押し退けないといけないから、大老参与の役目が必要だと分かる。


 そうそう、父上が改名された。

 徳川家斉から諱を与えられ、徳川斉義と名乗られることになった。

 いちいち名前を覚え直さないといけないかといえば、そうでもない。

 この時代は官職名や通称で相手を呼び、諱は主君や親といった目上の者しか呼ばないので、俺から見れば諱を変えてもどうという事もない。


 俺が東照神君の巫覡として力を発揮しているので、幕閣は必至でその御告げを果たそうと働いてくれている。

 徳川家斉が生活を質素倹約に一変させたことで、幕閣の考え方も正反対となった。

 更にここで、幕閣で一番力を持っていた水野出羽守忠成が、俺に非礼を働いた事と政策に失敗したという理由で解任され、俺が大老参与に任命された。


 誰が本当の権力者なのか、幕閣も三百諸侯も幕臣も、思い知ったようだ。

 これはとても危険な兆候だ。

 権力の頂点にあろうとも、いや、あるからこそ、心底憎まれており、敵も多い。

 多くの権力者が江戸城中で殺されてしまっている。

 大老の堀田正俊が江戸城内で殺されているのだ。

 同じ大老となった俺も父上も、気をつけないといけない。

 しばらく登城するのはやめよう。


「現時点の幕閣と若年寄」

大老参与:徳川権大納言斉義

大老参与:松平権中納言斉恕

老中  :青山下野守忠裕

老中  :大久保加賀守忠真

老中  :松平和泉守乗寛

老中  :松平周防守康任

老中格 :植村駿河守家長

若年寄 :森川内膳正俊知

若年寄 :増山弾正少輔正寧

若年寄 :林肥後守忠英

若年寄 :永井肥前守尚佐

若年寄 :堀大和守親寚


京都所司代:水野忠邦

大阪城代 :松平伯耆守宗発


水野出羽守忠成は解任

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