第54話一八二七年、八王子千人同心の願い二

「差別とは何のことだ。

 差別などした覚えはないぞ」


「私達が聞いた話では、御台所様の実家であった薩摩家の者は、幕府の力で、一年分の兵糧も家財道具も家族も、蝦夷に運んでもらえるという事でございます。

 全て自分達で用意しなければけない私達とは、あまりにも大違いでございます。

 しかも、若党として扶持まで頂けるとも聞きました。

 余りにも差が有り過ぎるのではありませんか」


 困ったな、全くの嘘ではないが、根本的な所を間違っている。

 上様も幕閣も、御府内に五万もの薩摩者がいるのに危機感を持ったのだ。

 それに、役目で原野を開拓しても、自分達の土地になるわけではない。

 その事を丁寧に話すしかないな。


「そうなのでございますか。

 開拓した土地は薩摩者の領地にはならないのでございますね」


 丁寧に話したら、ちゃんと理解してくれたようだ。

 

「ああ、そうだ。

 若党隊にはちゃんと扶持を渡してあるのだから、役目として開拓した土地は若党隊の領地ではなく、藩の蔵入り地となる。

 開拓地は小作人に貸し与えて、七割の税を納めさせる。

 その方がよいのなら、試合や学問試験で優秀な成績を納めれば、若党隊や軍師隊に仕官する事は可能だ。

 既に千人同心の子弟の中には、我が藩が召し抱えた者もいる。

 入植の準備をしていた者でも、改めて試合をや試験を受けても構わないぞ」


「はい、望む者にはそのようにさせていただきます。

 私のような低い身分の者に丁寧な説明をしていただき、御礼の言葉もありません。

 この期に及んで更なる質問をさせていただくのは、誠に不敬と知りながら、子弟のために失礼を承知で質問させていただきます。

 我々千人同心は郷士にもしていただけず、武装も満足にできない農民という身分で、危険な蝦夷地に渡らなければなりません。

 それではオロシャの者達が襲ってきた時に、国を護って戦う事もできません。

 非礼な執拗い願いではございますが、武装の可能な郷士にしていただけませんか」


 本当にしつこい奴だな。


「武装に制限などないであろう。

 二本差し以外の制限はされていない。

 大脇差を一本差しにする事に制限はない。

 狩りのためなら、鉄砲を持つ事も弓を持つ事も槍を持つことも許されている。

 蝦夷樺太に渡ろうと、千島に渡ろうと、武士の証である二本差しにさえしなければ、鉄砲や弓を持つことは許す。

 それに、先ほど申していたオロシャの件だが。

 もしオロシャが攻め寄せてくるような事があれば、戦う気構えのある者は、千人同心ではなく若党として召し抱えるであろう」


「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございました」


 ふむ、ここまで戦う気構えがあるのなら、千島に渡ってもらおうか。

 それとも、最前線になるかもしれない、樺太の最北端に渡ってもらおうか。

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