第51話一八二七年、千島列島渡海
「何事でございますか、御爺様」
御爺様は、いったい何を決めてきたんだ。
これ以上とんでもない事を決めてこられては困るのだ。
もう二度と父上と御爺様に任せて逃げるのは止めよう。
やはり逃げるとろくなことはないな。
何があってもその場に留まり、最後まで成り行きを確認し、状況にあわせて適切な手を打たないと、後で誰かを恨むことになる。
そんな卑怯な事はしたくないが、持って生まれた性格を抑えるのは難しい。
有利な状況で胆力がある時には耐えられるが、弱っている時には無理だ。
「輸送の事よ。
やはり五万もの元薩摩藩士を城下に置くのは難しい。
問題が起こらないように、蝦夷地に送るべきだが、松前藩には難しいであろう。
そこで幕府が権力で蝦夷地に送ることにしたのだ。
全ての諸侯の水軍と廻船問屋に命じて、元薩摩藩士を蝦夷地に送る。
廻船問屋には、運上金代わりにやらせることになったわ」
正直な話、心から安心した。
大老参与の役目を勝手に決めてきたので、他にもとんでもない事を決めてきたのかもしれないと恐れていたが、事前に話し合っていた策だった。
五万人の元薩摩藩士だけではなく、その家族も、彼らが必要とする食糧や道具も、幕府が強制的に諸侯の水軍と廻船問屋に命じるように話し合っていたのだ。
それが認められたのなら、幕府との交渉は大幅な勝利といっていい。
幕府が本気で動いてくれて、松前藩の負担は大幅に減った。
日本中の大名や廻船問屋に命じて、元薩摩藩士を蝦夷地に送ってくれる。
輸送に負担がなくなるのなら、精強な薩摩隼人は最前線に送るべきだ。
一年分の玄米と漬物を送れるのなら、千島列島での越冬も可能だ。
得撫島には、一七九五年にロシア人四十人くらいが移り住んでいたはずだが、ずっと前から千島アイヌの人々が、カムチャッカ半島から千島列島北部に住んでいる。
彼らを味方につけて、松前藩領民と自覚させられたら、千島列島からカムチャツカ半島までが日本の領地だと、ロシアに交渉する事も可能だ。
そのためには、千島アイヌとの友好関係は勿論、圧倒的な兵力の常駐も必要不可欠だから、威丈高な薩摩隼人だけでは問題がある。
千島列島全体を管理する者と、各島を統治監視する者、家老、郡代、奉行、代官、目付も薩摩隼人と一緒に派遣して、人道的な統治をさせよう。
それに、ヨーロッパで戦うのなら圧倒的に不利だが、極東で戦うのなら、相手が大国ロシアでも負けるとは思えない。
ロシアが派遣できる艦艇は限られるし、シベリア鉄道が完成していないので、陸上兵力も大して派遣できない。
派遣できたとしても、モスクワ周辺から長大な陸路を遠征した後で、現地調達した船で千島諸島に上陸作戦を行わなければならない。
俺達の方が圧倒的に有利だ。
フリゲート艦の建造にも成功している。
スクリュープロペラ式の蒸気機関も研究させている。
ここは勝負にでるべきだろう。
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