第40話一八二六年、薩摩藩島津家対策五

 調所広郷などの島津家忠義の臣は、幕府との戦も覚悟して島津斉興に決断を求めたが、残念ながら一枚岩の行動ではなかった。

 島津重豪、島津斉宣、島津斉興のそれぞれに、忠義を尽くそうとする家臣が集まり、薩摩藩が一致団結して幕府と戦う体制ではなかった。


 まあ、島津斉宣についた者は少なかったが、忠義派は三分裂してしまった。

 しかも島津重豪は、可愛がっていた曾孫で薩摩藩世子の島津斉彬を、人質同然に自分の屋敷に軟禁したのだ。


 忠義派以外にも多くの薩摩藩士がいる。

 分家や大身の家臣は、俺が陰で糸を引いて他家が再仕官の密約をしており、島津本家を見限って、幕府に薩摩藩の密貿易と御家騒動の証言する事を約束していた。

 実に四八家十六万四千三百石の家臣が、本家を見限って自家の保身に走った。

 彼らは家名を守り血統を残すために、非情の決断をしたのだ。


「巫覡殿、島津家の事、何とかなりませぬか」


「何とかとは、島津家を全く咎めるなと申されるのですか、上様」


 俺は徳川家斉に呼び出された。

 正室の茂姫にケツを叩かれたのか、それとも泣きつかれたのか、今迄の言いなりだった徳川家斉とは少々違う。

 ここはある程度妥協すべきだろう。

 狂人を追い詰めると暴発する恐れがあるし、最初から妥協する気持ちもあった。


「そうは申さぬ。

 申さぬが、完全に潰すのは情がなさすぎるのではないか。

 改易処分を受けた歴代の大名家も、堪忍料一万石が与えられているではないか」


「そうですね、では島津本家には一万石の堪忍料を与えてください。

 島津家の悪事を証言してくれた、分家や家老の者達にも慈悲を与え、半知くらいで親戚預けとしていただきましょう。

 そうすれば、御府内に浪人が溢れて治安が悪化することもありません。

 もし悪事を画策するような者がいれば、松前藩が討伐したしましょう」


「そうか、家名を残し堪忍料を与えてもよいのだな」


「それは構いません。

 ですが、一万石でございますぞ。

 余り石高が多いと、恨みを持った強力な大名家が残ることになります。

 それに、薩摩大隅には、薩摩藩の者を誰一人残してはなりません。

 それでは徳川家が危険でございます。

 この度の東照神君の御告げも、関ヶ原と木曽の治水事業の事を薩摩藩が根に持っており、徳川家に仇名そうとしているからでございます。

 堪忍料一万石を与え、家臣を救済する事は構いませんが、それ以外の事は厳しく処断していただかねばなりません」


「分かっておる。

 その事は十分に分かっておる。

 だが、その、なんだ。

 もう少し、余裕のある余生を過ごさせてやってはいけないのか。

 上総介はもう歳じゃ。

 修理大夫は若くして隠居させられたのだ。

 少しは情をかけてやりたいではないか」


 やれ、やれ、困った将軍だ。

 東照神君が仮想敵国として常に危険視していた島津に情をかけるなんて、徳川将軍としては完全に失格だな。

 もし徳川家基公が腐れ外道に毒殺されていなかったら、島津家はこんな状態になっていないだろうに。


 徳川家基公が将軍になられていたら、島津重豪が徳川将軍家の外戚になる事もなく、家中で好き勝手なこともできず、島津斉彬が島津重豪の影響を受けて蘭癖になる事もなかったかもしえない。

 そもそも莫大な借金がなく、調所広郷が登用される事もなく、あそこまで思い切った密貿易もできなかっただろう。

 幕末の日本は、全く違う歴史を歩んでいた事だろう。


「では、上様はどうなさりたいのですか。

 東照神君の御告げで見つけた犯罪を、我欲で処断を甘くすると申されるのですか」

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