第16話一八二三年、蝦夷と樺太の開発三

 よくよく話し合ったが、矢野弾左衛門と車善七には、五十五万人もの野非人を抱える余力はなかった。

 それに、松平定信が寛政の改革で発布した旧里帰農令に従えば、良民に戻る権利がある野非人を、弾左衛門の直接支配下に入れる訳にもいかない。

 だが旧里帰農令に従えば、蝦夷地開拓ではなく故郷に戻さなければいけないし、その費用も幕府が負担することになる。


 理想に従えば、日本を民主主義国家にして、中産階級を増やさなければいけないのだが、俺の力だけでは不可能だ。

 欧米列強の外圧と、幕府を含めた三百諸侯との内乱に勝ち抜き、俺が独裁政権を樹立した後でなら、可能かもしれない。


 そんな理想の国を建国する前提で、一時的に欧米列強に日本を侵略させて、既存の社会を根底から破壊させてから、俺がこの国を再統一できるとは、とても思えない。

 そんな前世とは全く違う歴史で、俺が日本を守り切れると思うほど、愚かで自信過剰な性格ではないのだ。

 できるだけ確実な方法で欧米列強から日本を護るためには、既存の勢力戦力を出来る限り活用して、欧米列強が内乱の罠を仕掛けられないようにしなければならない。


 そんな諸々の想いや理由があって、豊かな者を活用することにした。

 豊かな良民に無宿人を雇わせて、その資金力で蝦夷樺太を開拓するのだ。

 全費用を地主になる人間に負担させる代わりに、小作料を取ることを許す。

 領主の取り分が四割で、地主の取り分を三割として小作人も三割とする。

 米は取れないが、砂糖大根が収穫できる事を地主候補に説明する。


 問題は砂糖大根の存在を信じてくれるかだが、これが正直言って難しい。

 だから、既に奥羽などの寒冷地で耕作されている、ジャガイモを使って蒸留酒を作って見せて、付加価値をつけて商品に出来るの事を証明した。

 他にも蝦夷樺太でも栽培が可能な、蕎麦、大麦、粟、稗、黍を原料にした蒸留酒も作って見せて、身近な穀物でも付加価値をつけて商品にできる事を証明した。


 松前藩領主の俺が直々に謁見を許し、万全の準備をした上で証明したのだ。

 俺が東照神君の巫覡である事は、既に江戸城下では広く知られている。

 いや、京大阪は勿論、尾張名古屋でも大評判になっている。

 越中富山の薬売りや、漢方蘭学の区別なく殆どの医師が俺の味方だ。

 経口補水液と種痘を広めている俺を、彼らは生き神様のように称えてくれている。


 その御陰もあって、俺が商品作物として長崎から唐天竺に売れると言えば、そのまま信じて貰えたのだ。

 御陰で五十五万人の無宿人と人足寄せ場の者は、蝦夷樺太の荒地開発のために富裕民に雇われることになった。

 もっとも、全員を直ぐに衣食住の不足なく蝦夷樺太に送る事はできなかった。

 それだけの船がなかったので、徐々に江戸から送ることになったが、それまでは幕府の負担で人足寄せ場で職業訓練を受けることになった。

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