第15話一八二三年、蝦夷と樺太の開発二

 今回は徳川家斉ではなく、老中の水野忠成を利用する事で、非人頭を弾左衛門の支配下から解放する事ができた。

 水野忠成は賄賂が大好きで身贔屓が過ぎる性格だが、こういう時には役に立つ。

 平気で前例を覆してくれるので、使い勝手がいいのだ。


 穢多頭の弾左衛門は、今度は自分が、浅草非人頭の車善七や京大阪の穢多頭の支配下に入れられるかもしれないと、危機感を持ったのだろう。

 十万石の大名に匹敵すると言われる財力と、支配下にある穢多を総動員して、蝦夷樺太の開発に力を注いでくれた。


 だが、それでも、広大な蝦夷と樺太を開発するには少な過ぎる労働力なのだ。

 蝦夷こと北海道の面積は八万三四二三平方キロメートル。

 樺太の面積が七万六四〇〇平方キロメートル。

 九州が三万六七八二平方キロメートル。

 樺太だけでも九州の二倍以上、蝦夷で二・二倍以上、併せれば四・三倍以上もの面積があり、何よりも樺太には絶対に失えない油田とガス田があるのだ。

 送り込めるだけの兵力を駐屯させ、露国から守り切らねばならない。


 だから、非人頭の車善七たちは勿論、新規に召し抱えた松前藩士、幕府の町奉行所、寺社奉行所、勘定奉行所、火付け盗賊改めを総動員して、無宿人狩りを行い幕府の規定通り野非人とした。


 俺が前世で調べた範囲では、江戸にいる旗本御家人が約二万三千人で、家族と陪臣一家の平均を五人とすれば約十一万五千人だが、隠居夫婦と当主夫婦に子供が二人いても十三万八千人になる。

 最下級の幕臣家族だけでもこの人数だから、譜代の侍や武家奉公人を加えれば、戦闘員だけでも旗本八万騎で、家族が一人なら十六万、家族が二人なら二十四万、家族が三人なら三十二万人となる。

 町人は百十万人だが、町奉行所支配が五十万人で寺社奉行所支配が五万人だ。


 つまり、人別帳に乗っていない無宿人が五十五万人くらいはいるのだ。

 五十五万人の無宿人を全員捕らえることができて、蝦夷と樺太の開拓に向かわせることができたら、恐らく更に七百万石の農地を手に入れる事ができる。

 いや、単純に七百万石とは言えない。

 砂糖大根を十町の農地で作らせたときの利益や、砂糖大根を絞った後の滓で畜産を行う利益を考えれば、何倍もの利益が手に入るだろう。


 問題は、非人頭たちに五十五万人もの野非人を抱え、喰わせるだけの資金力があるかどうかだ。

 しかも、四民平等と国民皆兵を最終目標にしているから、奴隷のような小作人にする事もできないのだ。

 まあ、明治時代も度重なる小作争議があったし、俺ごときが理想通りの社会を創り出す事なんて不可能だ。


 明治維新の時のように、欧米列強による植民地化の恐怖の元、強制的に三百諸侯に版籍奉還させるわけではないから、徳川幕府や諸藩の事も考慮しなければいけない。

 結局は、俺にやれる範囲でやるしかない。

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