第6話一八二三年、松前藩主松平斉恕

 俺の願いは全て認められた。


 俺が予言した松平外記の刃傷事件が、せっかく予言してやったのに起きてしまい、しかも隠蔽工作までやったので、大粛清が行われていた。

 逆恨みや畏怖で俺が暗殺される事を恐れた父上が、当主の祖父と一緒に登城して後見してくれたので、安心して思う所を全て言う事ができたのが大きかった。


 まあ、松前家の蝦夷地復帰に関しては、賄賂は徳川幕府では当たり前のことで、幕閣が咎められる事はなかった。

 政務に無関心になっていた徳川家斉は、俺が徳川家基の件で脅かすまでもなく、今迄の俺の功績を称する形で松前藩主にしてくれた。


 徳川家斉は俺に斉の諱を与え、松平斉恕として元服させた。

 祖父の松平義和は、従四位下・侍従・左近衛権少将だ。

 父の松平義建は、高須松平家の世子で従四位下・侍従・掃部頭だ。

 そして俺は、従四位下・侍従・中務大輔となった。


 だが問題は形だけの藩主や官位ではない。

 実際に領地を治め利を手に入れる事だ。

 蝦夷地や樺太の利益は、松前藩が藩士に与えた商場の交易独占権なのだが、現実には藩士が商人に場所請負制を認めたため、アイヌ人が商人に過酷な条件で使役されるという状態になっていた。


 俺はそんな状態を認めない。

 俺が直接蝦夷や樺太に乗り込む事はできないが、信頼する家臣を派遣する事はできる。

 今日までじっくりと性格と能力を観察してきた江戸詰め藩士を蝦夷地に派遣し、商人の横暴を暴き、必要ならば大阪や近江の本店も叩き潰して財産を接収する。

 幕府の直轄地ならば、幕閣と上様に働きかけて潰す。

 近江ならば、井伊家に掛け合って叩き潰す。


 問題はどうやって商人から利益を奪い取るかだ。

 松前藩士による直接貿易が可能になるまでは、場所請負制で利益を得ている商人と、北前船で利益を得ている商人から、その利益を吐き出させなければいけない。


 北前船一隻の利益は千両以上で、文政年間の北前船の隻数は三百三十七隻だ。

 一隻から利益の半分、五百両を運上金として上納させられれば、十六万八千五百両もの大金が手に入る。

 これに場所請負制で利益を上げている商人からも運上金を差し出させたら、三十万両を手に入れる事も夢ではない。


 だが実際には、そこまでの利益は無理だろう。

 一隻から一割百両の運上金と、場所請負商人からも利益の一割を運上させ、六万両手に入ればいい方かもしれない。

 一万石の大名の年貢は、単純計算で最低四千両だから、十五倍の利益になる。

 それを上手く運用して、西洋帆船を建造して藩による独占交易が可能になれば、何百万両もの利益を得る事も夢ではないのだ。


 少々可哀想だったのは松前家だった。

 一橋治済を通じて老中水野忠成に莫大な賄賂を贈り、ようやく返り咲いた松前藩主の地位を、僅か二年少しで俺に奪われ、、陸奥国伊達郡梁川九千石の最下級藩主に逆戻りとなってしまったのだ。

 いや、九千石では大名ではなく旗本になってしまう。

 松前家はアイヌの首長だと思われていて、和人より一段下に見られていたのだ。

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