ゼン テーマ「火炎」

苛ついていたんだ。

まさかこんな簡単にいくとは思わなかったんだ。

10本程しか入ってない薄っぺらいマッチの1本を立たせる様にへし折っただけの装置が上手く起動するとは思わないだろ?

軟弱なチビが周囲に散らばった餌を食い、手もつけられない程大きく成長してゴミ共をも喰い尽くす様をただ呆然と見つめていた。目の前から叫び声がしても、野次馬共に手伝えと怒鳴られても、俺はその場から動こうとはしなかった。

この家が大嫌いだったんだ。いつからそう思うようになったのだろう。

ずっとずっと俺のことを褒め称えていたのによ、大学受験に失敗した途端ゴミ扱いしやがって。代わりにずっと蔑んでた弟がテレビに出るようになった途端手のひら返してチヤホヤし始めやがってよ。除け者扱いしてくる親父も、腫れ物扱いしてくるお袋も、調子に乗ってる弟も、皆クソ。クソ、クソ、クソだ。

だけど俺、頑張ったんだよ。怒鳴り散らしながら部屋を荒らすだけで誰も殴っちゃいなかったし、勉強も時々したし、バイトだって数日やったし、ネットでも誰かを追い詰める程のことはしてねえ。な、俺頑張っただろ?

パチパチという音から骨を噛み砕いたかの様なバキッボキッという音へと変わる。音がする度に真っ黒いシルエットはその形を変えていった。

なのに周りはもう誰も俺のことを認めてくれなかった。何でだよ。何がいけないっていうんだよ。

極めつけは今日だ。弟の誕生日だった。まるで今までの俺の存在を否定するかの様な一番の盛大さだった。

それなのに弟は何て返したと思う? 「家を出ていく」と言ったんだぜ? ただ飲み物を取りに一階へ降りていただけの俺でさえ口をぽかんと開けたよ。

当然親父もお袋も止め出したよ。俺はどうでも良かったけどな。だけどどうしようもなくうざかった。だって折角人として認められたんだぜ? 欲しい物は買ってくれるし何しても文句言われないし、こんな最高な状態を自ら投げ出すなんて皮肉だろ。

結局弟は家を出ると言って聞かなかった。しかも明日の朝には出るらしく、もう荷物を殆ど運び終えていたようだった。親父は膝から崩れ落ち、お袋はギャンギャン泣いていて、その姿はどちらもみっともないことこの上なかった。

サイレンの音が遠くから聞こえてきたと思ったらすぐに灰色の人達がやってきて俺を押し退けた。コイツらもうざいな、考え事の邪魔をすんなよ。

別にどうでも良かったんだ、そこまでは。ムカついてはいたけど弟にはもう会わなくて済むし両親の情けない姿を見たらすっきりしたしな。

俺の堪忍袋の緒を切ったのはその直後だった。

一方的に話を終えた弟が自室に戻る際、俺とすれ違った瞬間に言ったひと言が決め手となった。

「兄さんもこんな所から出た方が良いよ」

哀れむ様な表情で放ったそのひと言で俺の怒りは急激にピークへと達した。

何故こんな奴にそんなこと言われなきゃいけない? 何故あんな顔されなきゃいけないんだ。こんな所って、お前にとってこの場は俺の本来あるべき場所なんだぞ。それをこんな所と言うのか?

「うるせえ!」

俺は弟と突き飛ばして家を飛び出した。

馬鹿にしたきゃ馬鹿にすれば良いのに、わざわざ嫌味ったらしく見下してくるのが我慢出来なかった。

とはいえ偶然ポケットに財布を入れていただけの俺は行く宛てなどなく、鬱憤を吐き散らしながら適当に歩き回った後コンビニへと辿り着いた。そして何となく入った店内のレジ横でマッチを見付けた──

俺は悪くない。ここは本来人通りが多い場所なんだ。すぐに見つかって捕まるか、失敗するかボヤくらいで納まるはずだったんだ。

だから偶然誰にも犯行を咎められることなくネットでちらりと見掛けた装置が成功して、今も終息に難航している程事態が大きくなるなんてことあるはずがなかったんだ。

押し退けられたことによってようやく動けるようになった俺は堪らなくなってその場から逃げ出した。

苛ついていただけなんだ。

まさかこんな大事になるとは思わなかったんだ。

あんなに取り戻そうとしていた承認欲求の満たしが恐ろしくなり、走り続けながら藁にもすがる思いで願った。

もう誰も俺を見ないでくれ──と。

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